アンビバレンス2分の1

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「私、あなたのこと嫌いかもしれないの」  彼女の優己(ゆうこ)にそう告白されたのは、金曜日の放課後だった。  夕陽が春の終りかけの空気中を伝って教室に差し込み、木製の机に乱反射して全体を一色に染め上げていた。外から聞こえるバットの甲高い金属音や吹奏楽部の楽器の音色に乗って、優己の声が耳に入ってくる。  今にも消え入りそうな弱々しい告白に、どう返答すればいいのか。こんな経験したこともないし、想定もしていなかった。  肌にチクチクと突き刺さるような沈黙が僕を(あせ)らせる。優己の言葉を頭の中で反芻(はんすう)しながら、何がまずかったのかと思考をめぐらした。  僕を分類するなら草食系男子だ。恥ずかしながらお付き合いをさせてもらってから、まだ一度も手をつないだとこがない。興味がないわけではないが、怖かったのだ。  周りから冷やかされることで優己が傷つくのではないかとか、優己と並ぶことで恥ずかしい思いをさせてしまうのではないかとか、そんな気持ちが先行して手を出すにも出せなかった。  付き合ってから7カ月たった今でもできない。もう中学2年だというのに、僕は未だにそんなことでぐずぐずしている。思い当たる節はこれしかなかった。 「実は、山田くんのこと、好きで付き合ったんじゃないの」  スカートの(すそ)をしわになりそうなほど、ぎゅっと握っていた。この思いを伝えるのにどれだけの勇気がいるのか、僕は知っているつもりだ。  告白は僕からだった。なけなしの勇気を振り絞り、玉砕覚悟で告白した。いい返事をもらえた時には泣くほどうれしくて、すぐ家族にばれてしまうほどの浮かれようだった。 「私ね、好きっていう感情がわからないの。でも山田くんから告白されて、嫌じゃなかった。だから、付き合ってみればわかるかなって思って、付き合ったの。ごめんなさい」  頭を深々と下げた。流れ落ちる滝のように、そのまっすぐな髪が垂れ下がる。 「それで、僕が嫌いだってことに気付いたのか……」  自分で言っていて悲しくなった。たとえ好かれていくても、嫌われてはいないと思っていた。そんなことしてないし。それを嫌いとはっきり伝えられれば、悲しくもなる。
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