あと5分の女

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「あのー、綺麗な女性であっても名前とか忘れてしまうこともあるかもしれませんので、遅れてきてほんとに申し訳ないのですが、僕のために、その、もう一度というわけには…」 話している途中なのに凄い目で睨んでくるので言葉を切るしかない。お会いしたことは無いが、ギリシア神話に出てくるメデューサはきっとこんな感じではないかと思った。いや、ひょっとするとメデューサさんの方が優しい目をしているかもしれない。 場に、重たい空気が流れる。 「私、急用ができそうだから、あと5分で帰るかもしれない」 どれくらい時間が経っただろうか、その沈黙の中、問題女性が言った。 「え?そうだったんですか。今日、何か用事が…」 ミキちゃんが聞こうとすると、ミキちゃんの言葉を遮り、問題女性が話す。 「いや、用事なかったんだけどさ、できるかもしれない。あと、5分くらいでわかるかなー」 そう言ったあとに、なんと、その女は携帯についている機能で、5分タイマーを起動した。 「それ、タイマーですか?」 女はミキちゃんの質問に答えず、ニヤリと笑った。 なんなんだ?この女は? そもそも、 『急用ができそうだから、あと5分で帰るかもしれない』 とは、どういうことだろうか。あまりにも不自然な日本語だ。急用ができたなら今すぐ帰ればいい。その『あと5分』とはなんなのだ?急用に間に合うギリギリの時間があと5分なのだろうか。そういう考え方もできるが、それはその場を楽しんでいて、少しでもここにいたい。と思う場合であろう。この女はといえば、先ほどからつまらなさを体全体で伝えている。そもそも『急用ができそう』とはどういうことなのだ?あらかじめ予想できる用事であれば、それを急用とは言わない。自分で調整可能な予定のはずだ。ということは今からの5分間で、 用事ができて帰るのか、それとも、用事ができずに帰らないのか、それを自分で決めますよ。 と考えることができる。こう考えると、この女の言わんとするところが見えてくる。つまり、こういうことだ。 『私の名前を思い出せない場合、私のプライドがそれを許さないので、帰らせてもらうわ。ただ、あなた達に私の名前を思い出す時間をあげましょう。そうね。あと5分というところかしら。いい。あと5分よ。それがリミットよ』 おそらく間違いないだろう。オレがこの考えに達した頃、他のメンバーも同じ考えに行き着いたようだった。 正直に自分の気持ちを言うと、 どうぞ、5分後と言わず今すぐお帰りください。 である。しかしそうなった場合、女性メンバーのミキちゃん、ゆうこちゃんが被害を被ることになるだろう。「なんなの!今日の合コンの男どもは!」みたいな感じで攻められそうだ。それでは、あまりにも2人が可哀想である。 この迷惑な女がどうなろうと知ったことではないが、ゆうこちゃんは友達である。ミキちゃんも良い子そうだ。助けてあげられるものなら助けてあげたい。先ほども、ごめん!という感じで、2人がこちらに手を合わていた。そんな姿を見れば、助けてあげたくなるのが人情だろう。オレはなんとかしてこの女の名前を5分以内に見つけてやろうと思った。田島さんも山崎も、同じ気持ちのようだった。 こうして俺たちと、自称昔はモテていたという迷惑女の『5分間の戦い』が始まった。
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