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母が川田さんを拾ってきたのは、私が十五の時だった。
キャバクラの客引きに失敗し、泥だらけで棄てられていた奴を文字通り憐れんで拾ってきたのだ。
この男に彼女が何を見出したのかは知らない。私には見当もつかない。
川田さんを養う為、私を育てる為に母は毎晩馬車馬のように働き、帰宅する頃には泥のように眠る。その間の家事を普段引き受けているのは私で、どうしてそうしているかといえばそうしないと生きていけないからだ。
コンビニのお弁当、魚肉ソーセージ、不自然なほどに三角形のおにぎり。小さな頃から食べた思い出のある食べ物といえばそんなものばかり。
料理は苦手だ。誰かに教えてもらったこともない。
どちらかといえば母は育児に心を砕いたこともなく、川田さんが私に振るっている暴力も止めてはくれない。
今日も私は、味気のない食料を口にする。
ただ命を繋ぐことしかできないような、そんなものばかり食べている。
あんな出来事があったせいだろうか。日中、変な夢を観るようになった。
「カイト」
少女は、そう言って無邪気に笑う。
大学生になったばかりの彼女は、愛おしい恋人といることが嬉しくて仕方ない。
季節は春。その日の夢は、どこかの大学の構内を明槻さんと一緒に歩く、そんな夢だった。
「***」
明槻さんが少女に向かって名前を呼ぶ。
自然と、二人は手をつなぐ。
白昼夢に酔う。
一時に咲く花のように。季節を渡る鳥のように恋をしていた。
観ているこちらが切なくなってしまうほどに、無邪気に愛して、愛されて。
それなのに、どうして。
何故、彼らを見ていると胸がざわめいて仕方ないのか……。
そこで、恋人に夢中になっているはずの明槻さんが驚いたようにこちらを見る。ありえないはずのその眼差しと目が合った時、ようやく私は現実世界へと意識を取り戻した――。
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