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「先輩、知っていると思いますけど、私は苛められているんですよ」
「うん。だから何?」
「こんな可愛げのない後輩に構っていたら、先輩までシカトされますよ」
私が呟くと、先輩は意味深に微笑む。
そうして、その指先をすっと伸ばすとこちらの額を軽く弾いた。
「そういうこと、いっちゃダメだ」
「…………いたい……」
「もしかしたらさ、俺が八剣さんのことを気に入ってる可能性だってあるかもしれないでしょ。できたら、もっと頼ってくれてもいいんだけど」
先輩は、目を細めて穏やかに云う。
「これはラジオからの受け売りなんだけど、人間ってさ、自分を環境に合わせて進化したんじゃなくて、環境を自分に合わせて進化していった生き物なんだってさ。たまには環境……誰かを自分に合わせたっていいんだよ」
薄い唇。日焼けして節くれだった細い指。ぼうっとして見つめていると、近くにいた誰かが先輩を呼ぶ声がした。
「ごめんね、呼ばれてるからまた」
軽快な足音と共に、特徴的な気配が消える。
最低限の交流。友人というには遠すぎて、知り合いというにはとうに手遅れ。彼から向けられる戯れの情けは、私にとって重すぎる。
もしも。私が都合のいい図書委員じゃなかったら。千尋先輩は私なんか話しかけてくれない。この高校を卒業したら、きっとこの繋がりも切れたと同然だ。
なんて、ずるい。
理解しているのに、どうしてこんなに。
住む世界が違う千尋先輩との時間を失い難いもののように錯覚してしまうのか……。
そんなことを思いながら、窓際の外を見る。
海のない町。木漏れ日の向こうには、遠く青空が広がっている。
不幸に囚われた自分には到底届かない彩。
だからこそ、私はその自由な色彩に惹かれてやまない。
そのままお昼休みが終わる鐘が鳴って。私は平常心を装って再び教室へと戻る為に歩き出す。
今が最悪だから、これ以上の事件はあるまいと油断していた。
背後から迫る、その悪意に……。
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