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《こちらをみて》
「な……?」
聞き間違えではない。
確かに、その音はそう言っていた。
《こちらを、視て》
ぞわり。
どういうこと?
総毛立ち、私は辺りを見回した。
声の主はいない。
頭に響いてくるその怪奇的なメッセージに促されて、足はいつの間にか走り出す。
謎の現象はどこまでも追いかけてくる。反響する幻聴に判断力が失われ、私はカバンを持って制服姿のまま歓楽街に迷い込んだ。
《おいで》
辺りが薄暗くなってきた。太陽が街に沈んでいく。
《おいで、わたしの元へ……》
人は聴覚に己の自由意志の大半を支配されているらしい。
私は何をしているんだろう。どうしてこんな幻聴に得体のしれない恐怖を感じて突き動かされてしまうのだろうか。スマホの着信が鳴る。非通知の画面から音楽が流れだす。
スピーカーを鳴らすのはホタルノヒカリ。
ようやく息を切らして立ち止まる。いつの間にこんな場所まで逃げてきたのか、視線を動かすと……そこには誰もいない廃ビルがあった。
「……嘘でしょ」
廃ビルの屋上で、人影を見つけた。
ふらふらとした足取りで、存在感のない人物がフェンスを乗り越えようとしていた。
私が息を呑むと、それは燃えるような夕焼けを背景に屋上から足を離す。悲鳴を上げたこちらに向かって半透明な自殺者の影は顔を向け、瞬間、堕ちながら口端を吊り上げて見せた。
確かに、その影は私を見て嗤った。
「…………っ」
物の怪の類だろうか。
視線が合った恐ろしさに意識が遠のく。
すうっとした感覚の中、銀色の冷たい風が肌に触れた。
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