15 きっとあなた責められる

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亜弥は… 夕食後にリビングでくつろいでいる高井に、 珈琲を出して… そのまま隣に座り、その横顔に、ストレート に問いただした。 「…先日、  貴方のワイシャツの襟に  口紅が付いていたので、  クリーニングに出しましたが…」 これに高井はサラリと答える。 「あぁ~ 茉由君だろ?   彼女が、  靴の土を拭いた後、また、  土の上を歩かせたら、  同じ事になるからな、  抱きかかえて、車に乗せた 」 高井は、それが、勤務時間内に、茉由と、い ちご狩りに往った時の事、だとは、云わない。 それに、亜弥が出した珈琲に口を付けたが、 亜弥の方を向くことはなく、そのまま、穏や かな、表情も、少しも、変えなかった。 「そうですか…」 亜弥は、高井の「答え」を聞いた後、キッチ ンに戻り、食器の片づけを始めた。 亜弥は、これで、事の全容をつかんでしまっ た。高井に背を向け、高井に見せない様に、 スマホに入れた、楽しそうに、イチゴの前で ほほ笑む高井と茉由の、一緒に写っている、 茉由から、送られた写真を、削除した。 亜弥は、いまも、高井と結婚したことに 後悔はしていない。 高井は頭の回転が速いキレモノで、仕事が 「できる男」だし、オールバックに長身の 細見、鋭い目力の有る、野太い声を出す男 で、そんな、強くて、艶のある ... 「昭和の色男」で、 クールなニヒリスト。いつも、どこででも、 堂々としていて動じないのも、傍に居て気持 ちが良い。 皆が知るエルガーの「威風堂々」曲は、まさ に、この男の為の曲と感じさせる。 スタイリッシュな細身のビジネススーツを身 にまとい、胸を張り、少し顎をあげて目を細 め、肩で風を切って進む。 この会社だけではなく、この世の中に、こん な男は、そうそう、いない。亜弥は、そんな 高井は、自分に相応しい男だと考えている。 高井が、「価値のある男」ならば、亜弥は 手放さない。 それに、 よく、茉由は高井をイライラさせて、怒りを かう事があるが、そんなときには、茉由の頭 の中では、ラヴェルのボレロが流れている。 同一のリズムが保たれている中で、2種類の メロディーが繰り返されるという特徴的な構 成のこの曲、 高井は、気分を害すると、その怒りは、なか なかおさまらない、厄介な男でもある。あま り追及するのも、面倒な事になるだけだ。 高井は、亜弥との結婚で三度目。バツ2の男 で、結婚も離婚も、簡単に考えている。 亜弥が、自分の女性問題で、どう動こうが、 べつに、慌てないし、動じない。 「亜弥の好きにしたら善い」な、カンジ。 高井は、仕事上でも、自分の為に亜弥を動か してきた。けれども、亜弥のように高井の 為に「動ける女性」は、他にもいる。 高井が新しく設置した部署の、研修会場にも、 美しくて賢い、マリンが居る。 それに、他にも ... 目の保養にもなる、美しい女性たちは、高井 が監理している、あの、研修会場には揃って いる。 でも、 その女性たちだって、 高井が、気分を害して、考えが変わったら、 高井は、そこから、動かせる。 本当に、面倒くさく、厄介な男… 高井は、亜弥が自分から離れると、声を掛け る事もなく、黙ったまま、立ち上がり、 亜弥がすすめた珈琲のあと…、その香りを消 すように、クラシックオープンカウンターに 並べられていた、自分好みの寝酒の中から、 R□MY M□RTIN R□UIS XIIIを手にすると、 自分好みのグラスに注ぎ、ゆっくりと静かに 香りを楽しむと、落ち着いた冷静な眼差しで その色を確かめ、肯きながら静かに口へはこ ぶと、一口流し込み、それを舌で転がしなが ら、寝室に向いそのまま独りで入っていく… 『カチャッ!』 高井の、寝室の、ドアの鍵のかかる音がした。 亜弥は、独り、まだ、リビングで、珈琲を… 亜弥の寝室は?高井とは別? いつの間にか、最初から? 高井と亜弥には、 距離がある。 亜弥の心配に、当たり障りのない事だけ伝え て、自分からは言い訳もせず、何も気づかい もしない。 その後も、 高井の行動は、べつに改まった事はなかった。 こんな事があっても、ゼンゼン、気にはしな いし、かえって、堂々と、茉由にちょっかい を出し続ける。 まるで、亜弥の気持ちを逆なでするように、 やはり、この男は、簡単じゃない...、 「おい、帰るぞ…」 高井は、当たり前の様に、茉由の先を歩く。 そう云われた単純な茉由は、黙って高井の後 に続く。 高井は、ごくごく普通の事の様に、同じ本社 に居る妻の亜弥ではない茉由と一緒に帰ろう とする。けれど、静かに従っているはずの茉 由は、この日、少し気分がいら立っていた。 茉由は、先日の高井の行動が、納得できない ままでいる。 ― 研修会場の今日は、ちょうど良く、動きが あって、展示用の、システムキッチンの新 商品が出たので、旧タイプとの、入れ替え 工事がある。 これは、設置過程で、細かな部材も確かめ られ、納まりの勉強にもなるし…、 いいチャンス!マンションギャラリーで働 いていた茉由は、いつも完成品のシステム キッチンしか見たことが無かったので興味 もある。 『いいから!まずは、  あそこでの仕事を覚えろ…』 イチゴ狩りの時に、そう、高井に云われた 言葉は忘れない。 茉由は張り切って、作業の立会いに、展示 boothで、一日、張り付いていた。       「…この、コンロは、        ガスなのに、まるで、        IHみたいですね…、」 「そうなんです…、  着火も、トップで、  タッチするだけだし…、  センサーもついていて、  洋服の袖などが、火に近づくと、  自動消火になるんです…」       「そうですネ...、これ、        トッププレートが        フラットフェイスで、        トップのガラスも、        より、強化が増して…」   そんなやる気を見せた茉由の様子を、高井は、 自分のdeskのPCで、 防犯?cameraのモニターチェックをしてい たようで、皆から離れたまま、男性の職人さ んと、狭いboothで二人っきりで、いつまで も、話し込む茉由に不機嫌になり、 なにも知らない、マリンを、 内線で、困らせる。 『おい‼ 茉由君は!』 「はい? GM? あっ…、  お疲れ様でございます!  茉由さんは、  システムキッチンの入れ替え       工事の立会いで…」 『あぁ~? なぜ!  茉由君が立会ってるんだ‼  新商品入れ替え工事の、  作業確認の立会いは、      結奈の仕事だろ‼』 固定電話の受話器からは、ハンズフリーに しなくても、ボリュームがありすぎて、 音割れした声が漏れている。 そこに居た、staff達は、皆、席で固まり、 その、上司の怒鳴り声に集中した。 マリンは、果敢にも、ちゃんと、云うべき ことを言う。 「すみません!茉由さんは、  新しい商品を覚えるためにと、   おっしゃっていたので...」 高井はマリンを怒鳴りつけて、茉由に、不 機嫌さを気付かせようとする?でも、この 電話近くに居ない茉由は気づかないし…、 高井だって、それを知っているはずなのに、 怒鳴り声を聞かされた、まだ、高井をあま り、よくは、知らない結奈は、ここに居る ので、なんだか、間に入ってしまって、 オドオドする。 結奈だって、ここの仕事に、まだ、慣れて いないのに、「また」、高井の怖い面を思 い知らされてしまった… マリンがキチンと高井に対応し、 状況を、うったえても、 高井には、効かない 「GM」の、 低い声は、 効き目がある。 『分からないのか!  あいつは、作業の、  邪魔になっているだろ!      結奈と代えろ‼』 「はい…失礼致しました、  すぐに、結奈さんを往かせます」   内線電話が一方的に切られると、その剣幕 にたじろいだマリンは焦り、すぐに、結奈 に茉由の処へ往くようにと指示を出した。 固まっていた結奈は走り出し、 職人さんの横で、メモを片手に、タブレッ トでも写真を撮り続けている茉由に駆け寄 り、状況を説明した。 「そうなの?…」 単純な茉由でも、この時の結奈の辛そうな表 情で、自分のせいで、高井が関係のない皆に、 圧をかけた事は分かる。だから、「直接」、 自分が、怒られなかった事に、胸が痛む… 「結奈さん、  じゃぁ...、お願いします」   ― 茉由は、茉由の事なのに、なぜか、周りを巻 き込むように大騒ぎする、そんな高井の行動 に、不満があった。 本社の地下駐車場から、高井の車に乗った二 人は、黙ったまま、それぞれ、前を向いてい る。けれど、道路に出たとたん、茉由は、顔 を横に向け、外の流れる景色をボォ~ッと、 眺める。なにを見ているのか分からない。 茉由は、助手席に大人しくしているが、ずっ と、横を向いたまま外の景色を眺めている。 まるで、一緒に居ても、高井の姿を目に入れ たくはないようだ。そんな茉由の姿は、運転 をしながらでも、高井だって気づく。 「どうした?  なぜ、顔をそむける?」              「…いえ」 「なんだ?」              「いえ」 「…いい加減にしろ」 前を向いたまま、高井は、 茉由を叱る。              「……」 「いいから!   なんだ?」 茉由は、高井の顔が曇る前に、恐々、でも、 勢いで、言ってみる。       「GMは、私が、なにか、        間違い?をした時に、        なぜ、私に、直接、         仰らないのですか?」 「なにがだ?」 茉由は、勢いをつけたまま、言い切った。     「システムキッチン      交換工事の立会いの件です!」 「云わないでも、   分かるだろ!」          「…分かりません!」 「…そうか」         …もぉお…、いいや!           言っちゃえぇ~!         「皆さんは、          何も悪くありません!          マリンさんは、          私の、部下です。          それとも…、          彼女は、私の             保護者ですか?」 「……」 高井は、何も言わなくなった。不機嫌な時の 高井の癖、右側の眉だけをあげる。 高井は、先日、亜弥から茉由の事を問い詰め られた事があったのに、ここでも、また、 茉由に詰め寄られた事に、ますます、嫌気が ます。その横顔を見た茉由は、          …ヤバイ…、かな?…        「GM? お願いですから…、         これからは、直接、          私に仰ってください…」 「……」 高井は、何も言わない。肯きもせず、前を向 いたままだった。 茉由は、強く言い切った自分にも驚き、正面 は向いたが、唇をかみしめ、目は伏せたまま だった。 茉由はなぜか、胸にあてているシートベルト を両手で握りしめている。すがるものが無い と、呼吸ができないくらいに、ビビっている。 あとどのくらい、このまま、居心地が悪いこ の狭い空間に居なければならないのだろう…          …やっぱり、          謂わなければ良かった…、          んんん…あああぁ~             息苦しいいぃ~… 高井は、茉由に何も云わないまま、首都高に はいり、吉祥寺に向かった。 吉祥寺に着くと、高井は食事のできるところ を探していた。この街は、人が多いので、予 約なしでは、少し入りにくい店もある。往っ てみないと様子が分からないから、少し、車 で流し、そんな様子を確かめると、 井の頭通りから少し入ったところのカジュア ルイタリアンの店に今日は茉由を連れて行く。 こんなカンジのおしゃれな店は、この辺りに は多く、吉祥寺に似合っている。 この店は、スイーツもイタリアンも楽しめる、 人気の店だけあって、店内は満席に近い状態 だったが、運よく、すんなりと席に着けた。 ここの、柔らかいスペアリブは絶品で、8種 類の味を楽しめる。 でも、高井には珍しいchoiceだった。 いつもは、ちゃんと、茉由に合わせて、野菜 がメインの店を選ぶのだが、高井は珍しく、 味のハッキリしている店を選んだ。気分を害 しているからなのか、 先ほど、突っかかってきた、茉由の事は考え ずに、自分の食べたいものを優先させた、 高井の静かな、仕返し?なのかもしれない。 でも、この店のスイーツには人気のパイもあ って茉由にはこれを選ぼうと思っていた。 高井はいつも、勝手に茉由のmenuも決める。 茉由も黙って、肯くだけだったが、 今日の茉由は…、       「あっ、私、この、        トマトが美味しそうな        パスタも食べたいです!」 茉由が選んだのは、トマトの色が鮮やかな、 そして、ガーリックもチャンと自分を主張し ているパスタだった。 「大丈夫なのか?」              「はい」 車の中で、ガンバッテ、高井に意見したのに、 高井が何もハッキリさせないままにしている ので、茉由は少し、腹が立ったままだから、 「イッパイ食べちゃえ!」な勢いがあったの かもしれない。 それでも、高井が「大丈夫なのか?」と云っ た通り、結局、茉由はパスタとパイでは量が 多すぎて、高井に手伝ってもらう事になった が、もう、 人気のアップルパイを食べる頃には、頑張っ て、すました顔をしていても、茉由の内心は かなり嬉しくアガッテいて、 このお店は高井に連れてこられたのに、次回 は咲と梨沙と来ようかなぁ…、なんて、パイ に熱い視線を送りながらウキウキ気分で考え ている。でも、茉由は努めて表情を変えなか った。 そんな二人は意地の張り合いが続き、こんな に美味しい料理なのだから、ここでも楽し めるのに、黙ったまま、静かに食事をして、 高井は食事の後は、順番を待つ人の事も気に なったので、ユックリとはせずに、お腹の満 足と同時に、店を出る事にした。 店を出ると、高井は車には戻らずに、茉由に は何も云わぬまま、暫く街中を歩き、こんな 険悪な気分を変えたいのか、大きな公園へ入 っていった。 茉由は、キョトンとしたが、ここは初めて来 た町なので、ここからの帰り道も分からない し…、意地を張ったままだから、高井に、ど うしたのかとも聞きづらいので、仕方なく、 黙ってついて行く。 ここへは何度も訪れていたのか、高井は、前 を向いたまま歩き続けた。公園の中なのに、 少し早めに足を進める、茉由は、ピンヒール ではそんなに早くは歩けないので、つま先で チョコマカと着いて行くカンジになる。 それでも、高井は、茉由の事を気にかけ、振 り返る事もなく、早さを変えずに、ただ、自 分のペースで歩き続け、そこに在る事を知っ ていたかのように、前方に見えるベンチに向 かっている。 そんな、高井は、茉由が、自分から離れない 事を分かっているのか…、 ようやく、お気に入りの?ベンチに着いた高 井はゆっくりと腰かけると、目の前の桜を見 上げた。もう、穏やかな表情だった。茉由は、 やっと追いつくと、高井が表情が変わった事 に気づかないまま、そっと横に腰かけた、茉 由は、眼を見開いた。 「うわぁ~、凄いですぅ、これ!  こんなに…、桜って、     美しいぃんですねぇ~!」 「…あぁ~」 井の頭恩賜公園は、緑豊かな公園。歩くのに はちょうど良い広さで、気分転換になる。 高井は、昼の桜よりも夜桜が好きで、今日は、 桜を見に来たのだが、こんな、ちょうど良い 時間になるまで、先に食事も楽しんだ。 井の頭池は桜見スポットで、七井橋から見え る、池に覆い被さるように枝を出す桜の美し さは格別で、日本さくらの名所百選にも選ば れているらしい。 茉由は、あちらこちらに往くタイプではない ので、こんなに有名な桜スポットなのに、こ の季節を外しても、この公園には来たことが 無かった。 だから、とても新鮮で、気分はアガリ、この、 見事な景色も初めて体験したので、ワクワク 感が止められずに、子供みたいに背伸びをし て、手を伸ばし、少しでも花の近くにと頑張 ってみたり、キョロキョロしてしまう。 それにしても、茉由は気分がすぐに変わる。 高井は、暫く、桜を眺めていたが、ふと、右 の肩にピッタリとくっついている茉由の、頭 の上に桜の花びらが髪飾りの様にいくつか留 まっているのを見つけると、 覆いかぶさるように茉由の目の前をふさぐと、 花びらを優しく指先ではらい、そのまま、顔 を近づけてkissをした。 ベンチに腰かけ、上から、ひらひらと、粉雪 の様に、花びらが落ちてくる中、高井にkiss をされた茉由は、しばらく、動かなかったが、 高井が、再び、夜でも眩い桜に目を移すと、 自分の「鼻の穴」をふさぐように、人差し指 を横にして、押しあてて、確かめる。            「あれ?」                    …エッ?温かい?… 「なんだ?」            「あっ!」               …嘘!… 「どうした?」            …なんで?…           「鼻血…、です…」                       …ヴッ、最悪… 茉由は、自分でも、自分の躰に呆れた、あん なに不機嫌を装って、欲張って食べなければ 良かった?と、反省し、後悔した?           …なんで、           こうなっちゃうの?…            「あのぅ…」 こんなにも素晴らしいlocationの中で、茉由 のその様を見せられ、その鼻声を訊かされた 高井は… 「……」 サスガの高井も、一瞬固まった。 「フッ…」 が、高井は、軽く笑うと、すっかり、躰の力 が抜けたようで、今度は、優しい、年上の男 の、余裕のある笑みになる 「おい…、なんで、  おまえは…、そう、  なんだ…、あぁー?」           「……そう、            云われましても…」 茉由の左横にドカッと腰かけた高井は、 右斜め上に顎をあげ、目を細めて茉由を睨み つける。これは、茉由を小ばかにしているサ イン…、そして、不機嫌な時の高井の癖、右 側の眉だけをあげる、 「あぁー、…いつも、  Kissで、終わり、だ…」             「…はい」        …これが、ニンニクの力?         なんか、躰も、            ポカポカしてるし… 茉由はいつも、母親の野菜中心の素朴な手料 理を食べていて、咲や梨沙たちとのlunch 以外は外であまり食事をしたこともなく、 おそらく、生まれて初めて存在感のあるニン ニクを食べたので、たぶん、この鼻血の原因 は…なのかもしれない。           …でも、           美味しかったから… 普通の人では起こらない事が、 この茉由には起る。 この二人、高井が云う様に、いつも、kissで 終わりになる。高井にしては…、なのかもし れないが、茉由はキョトンとしたままだ。 高井は、茉由が、鼻血を出したので、気分が 高まったと思ったのだろうか… でも… 茉由にとってkissはあまりオモクはない。 茉由は母親で、子供が二人いる。 茉由は帰宅すると、子供にkiss and hugを する。その時に、子供の気持ちは考えずに、 茉由は、子供が玄関まで迎えに来てくれたこ とが嬉しくてkissをする。だから、その場の 雰囲気で、kissをするのは、べつに… けれど、高井が、このように云ってくるのな らば…       …鼻血が出たままでは、          逃げられないけど…          でも…、私の體は… なんだか、茉由は、鼻血を出しながらも頭の 中でグルグル、いろんなことを考えている。 サッサと、鼻血を止めるようにすれば良いの に、なんだか、人差し指を鼻の穴にあてたま ま、眼だけキョロキョロさせて、モタモタし ている。 高井は、しばらく、隣で、呆れていたが、 ふぅーっと、ため息とともに立ち上がり、 茉由の正面に回ると、茉由の顎をグイッと あげ、鼻を摘まんだ。 茉由は、思いっきり顎があげられたので、 覗き込んだ高井の顔が近くなり、よけいに、 鼻血が恥ずかしかったが、鼻を摘ままれたま ま、両腕は、ダラ~ンとし、高井にされるが ままで、かなり、おまぬけな顔?になる。 「おい! 早く、  ティッシュを  出したらどうだ!」           「あっ!はい!」 茉由は、高井の手で顎を上げられているので、 顔を上に向けたまま動かせない。自分のバッ グの方を見られないので、仕方なく、バタバ タと手探りでバッグ探し、 やっと手にすると、バッグの中を、また、手 探りであさり、ようやくティッシュを出すと 上へ掲げる、 高井は、それを、顔は茉由に向けたまま、目 だけ動かし確認すると、両手がふさがってい るので、顎を上下に動かし指示を出す。 茉由は、手探り状態のまま、ティッシュを一 枚取り出すと、鼻に詰める準備をした。高井 は、それを受け取り、茉由の鼻を覗き込みな がら、そっと詰めこんだ。 結局、茉由は、鼻で呼吸ができないし、ポカ ンと口を開けたまま、高井に、されるがまま だった。ちなみに茉由は、チャントした大人 だ。でも、この、高井の扱いは… 「片側だけで良かったな!  両方だったら、     かなりマヌケだ!」             「スミマセン…」 高井は、もう、他人事のように、無情に呟い て、また、茉由の横に腰かけ、桜を見上げる。 「……」               「……」 茉由は、高井と平行線を保ち、鼻にティッシ ュが詰められているので、少し、息苦しく、 なにも言えないまま、お愛想笑いもできない。 でも、しっかりと、耳まで真っ赤になる。逃 げずに、この場にいるが、固まったまま。茉 由の「消えたい」気持ちが、不憫で、哀れだ。 二人はそのまま、こんなに見事な景色の中に 居ても、気分をアゲて見つめ合う事もなく、 (茉由は、いまは、絶対にこんな自分を見ら れたくはないから) しばらく、黙って、茉由とは対照的に、静か に、美しさだけを完璧に魅せている桜を見て 楽しむことにした。 高井は、それでも、心地良かった。茉由は動 くと、この様に、面倒くさい時もあるから、 しばらく、放っておいて、固まらせておいた 方が、何事も起こらずに、楽で良い。 ここの夜桜も有名だった。その通り、二人の 目の前には、暗い中にも、見事な華やかさが 広がっている。夜には余計なものは見えない。 黒と桜の花びらの色のコントラストは、高井 好みだった。 二人が並んでベンチに腰かけたまま落ち着く と、もう、すっかり、日も暮れて、肌に触れ る空気もヒンヤリとしてきた。これならば、 茉由の鼻血も、このまま、きっと、止まる… しばらく時間が過ぎたので、高井は、茉由の 鼻に詰めたティッシュを取り出し、ウエット ティッシュで、鼻の周りもきれいにした。 茉由は自分でバッグから手鏡を出してその姿 を確かめる事もなく、もう自由に身体が動か せる状態なのに、また、ヘマをするのが怖く て、目をパチクリ動かすだけで、躰は固まっ たままだった。 「おまえのマヌケ面…、  ここが暗くて助かったな、  さぁ…、   戻るぞ…」               「はい...」 高井は、茉由の為に、もしも、自分たちの近 くに、人が寄ってきたら、得意のサメの様な 凄みのある目つきで、にらみを効かせ追い払 おうと考えていた。 だから、そんな、無理を通す必要もなかった ことにホッとし、 小さく息を吐くと、スッと立ち上がって、 ベンチから離れた。ここは公園なのだから、 自分たちの時間はここまでにして、夜桜を楽 しむ人たちにこの場を譲る。 「おまえが…  これじゃぁ…、  押し倒す気にも  ならないからなぁ…」               「……」        …いつになったら、私が、       メッセージを出していることに              気づくんだろ… 高井は、サッサと、歩きだしているのに、茉 由は、トボトボと歩きながら、高井と一緒に 居ても、こんな時に、そんな事を考えている。    …それとも、GMは、気づいていても、      気づいていないふりができるの… 茉由は、高井にあてたメッセージをある処か ら出している… 茉由は、広くて大きな高井の背中だけを見て 歩いている。 茉由のその気持ちは、高井には伝わっていな いのだろか…、高井の、思いは、茉由には、 分からない。 それに… 茉由は、車の中で、あんなに頑張って、高井 に意見したのに、それだって、高井にはきっ と、もう、なにも、残ってはいない。 高井が茉由を「護る」事は… これは… 茉由にとっては…もどかしい。      …でも…、なんか、       鼻血が出て良かったのかも… 茉由は、鼻血に助けられた… 二人は公園を離れた。 でも…、この公園は、 〇〇〇〇ジンクスがある… 「お疲れ様でございます」 「あぁ…、おまえ…、  いい加減、大人になれよ…」             「はい?」 高井は、茉由の自宅前で、茉由だけ降すと、 ハンドルから手を放さずに、前方を見たまま、 そう云うと、スグに車を動かして茉由から 離れた。 もう、車が居ない道路の端に立たされたまま の茉由は、高井が、別れ際に吐いた言葉で、 シュンとする。          …おとな... ですけど… なんだか、普段の、圧がある、話し方ではな かったのに、そんな、意外にも、穏やかな口 調だったのに…、その方がずっと、高井に、 責められた気がした。 高井に甘えているのに、いつまでも、自分の 事を受け入れない茉由に、高井は、気分を害 したのだろうか… 茉由は、気分がふさいだまま、トボトボと歩 き、家に入ろうとすると、急に、スーツジャ ケットのポケットの中で、スマホが鳴った。 茉由は我に返り、急いでスマホを取り出した。 『今日も、  GMに送ってもらったのか?』 佐藤からの、メッセージだった。          …えっ?なんで?…           「なんで?」 茉由は佐藤にメッセージを送ったが、返って はこない。          …どうして、           翔太?分かるの?… 佐藤は関西のはずなのに、茉由が高井の車を 降りると、すぐに、メッセージが入ったのに 驚き、茉由は、周りをキョロキョロと注意し てみる。 でも…今まで気になっていた白い車は停まっ ていないし、佐藤も居ない。いまは…、白い 車が停まっていた処には、黒いワゴン車が停 まっている。 茉由は、それが気になり、また、道路に出て、 黒いワゴンに近づいてみる。 中には、知らない、30代くらいの男性が一人、 運転席にいるだけ。でも、なんで、ここに停 まっているのだろう…、そう、この車も、も う、何度か見ている車だった。 茉由は、怪訝に思ったが、知らない人だった ので声がかけづらく、仕方なく離れた。「気に なる」けれど、「何もできない」。なんだか、 スッキリしないまま、何度か振り返りながら、 家に入る。 すると、また、ここでも、意外な事が…、 家のドアを開けると、茉由は唖然とした、 いつもとは違う、我が家の様子だった。玄関 から、廊下、リビングまで、高価な花で纏め られたアレンジメント花でいっぱいだった。 中には動かすのも大変そうな1メートル程の 高さのものまであって、家の中ではゼンゼン 似合わない、華美な物もある。だから、 これらは、統一感が全く無く、その、数の多 さだけが、鬱陶しいくらいだった。            …なにこれ?… 茉由は、暫く、呆然と、ドアに手を掛けたま ま家の中に入れない。すると、少し遅い茉由 の帰宅に、いつもとは違う廊下の様子に歩き づらそうな母が、やっと、気づき、明るすぎ る、かん高い声を響かせる。 「お帰りなさぁーい!」        「お母さん?これなに?」 「茉由ちゃん  知らなかったの?  あなたのご主人様、 『教授』になったのよ!       おめでとう!」        「えっ?教授?…私に?        『おめでとう!』って               なんで?」 「あら?だって、茉由ちゃん、  教授夫人じゃない!」             「えっ?」 「そうそう!  茉由ちゃんにも、お花!  届いているわよ、これ!」 茉由の母は、気品高い胡蝶蘭、清楚な白とブ ルー系のガーベラ、豪華なユリ、上品な明る さのマム…っと、たくさんの、花の山の中か ら、 一つだけ、みょ~に、乙女チック感が目立つ、 ピンクカラーの花たちでアレンジメントされ た愛らしい花かごを、まだ玄関で立ち竦む茉 由に渡した。この花の差出人は佐藤だった。           「翔太?             なんで?」 茉由は、頭の中がグジャグジャになった。何 で佐藤が花を贈ってきたのか、それに、夫が 教授になったのも全く知らなかった。 この家の主人の夫は、茉由が関西から戻って も、茉由と、この家の中ですれ違う事もなく、 まだ、一度も目にしていない。 それだけではなく、夫からは、スマホにさえ、 着信履歴も、メッセージも、何も入っていな い。けれど…、そんな事、今までもそうだっ たから、茉由も気にしてはいなかったが…、 こんな「事」があるのならば、 妻の茉由に知らせてきても善いだろうに、 これは、ワザと知らされなかったのだろうか、 それは反対に、家の中で存在感が無い夫の、 自己主張なのだろうか、 それとも、茉由が関西への人事異動を、夫に は知らせずに、サッサと関西に往き、また、 人事異動とはいえ、勝手に、戻ってきたこと への、「お返し」か、 ともかく、茉由は、全く知らなかった。 まぁ、今までも、茉由と夫は、寝室は一緒で も、すれ違い生活だったし、茉由の病気治療 以外は、茉由は、夫の病院の事なんて、何も 関わっていなかったし、 妻としても、医師の夫を支えることなど、 何もしていない。 茉由は妻としての自覚がないのだから、夫が、 昇進し、教授になっても、別に何も感じない。 けれど、今も、もう、この家の中でも、目の 前の様子は大きく変わったように、茉由の意 思に関係なく、これは、これから、大変にな るのかもしれない。            …どうしよう… それに、佐藤の事も… このところ、茉由と離れたままの、関西に居 る佐藤から、訳の分からない、メッセージが 入ったり、同期の咲にも、そんな佐藤から、 茉由の事についてメッセージが入ったりして、 そちらも、気になっているし… 関係ないのかもしれないけれど、自宅の前に も、知らない車が止まっているのも気になっ てきていた…、             …なんなの… 茉由は、こんな状況でも、「大事があった」 夫には連絡はとらなかったが、 家に帰ってきたとたん、 佐藤から贈られた花かごを渡されても、 訳が分からないし、 こんなにいろいろあったら、 気になってしょうがない、 茉由は焦り、佐藤には、ゼッタイに連絡を とろうと、できる限りの方法で試しだした。         「翔太?          お花が届いたけれど、             これ、なに?」 茉由は、佐藤にメッセージを入れた。 これで、今だけでも2回目、先ほど、家に 入る前にも、メッセージは送っているから。 茉由はスマホを確認するが、既読になるだけ で、佐藤は何も送ってこない。佐藤は、先ほ ど、自分からは茉由に、メッセージを入れて きたのに、なぜ、相手にしないのだろう… 茉由は、こんどは、佐藤のスマホに電話した。 でも、佐藤は出ない。 茉由は、会社から佐藤へ貸与されている業 務用の携帯電話の方へかけてみる。 でも、佐藤は出ない。もう、21時を過ぎたこ ろ、佐藤は、仕事中なのだろうか、営業担当 なのだから、まだ、接客中?交渉中?なのだ ろうか まだ、事務所に居て、deskの固定電話で通話 中なのだろうか?  そもそも、佐藤は、いま、関西に居るのか、 それとも、茉由の様子が分かるのなら、 近くに居るのか...、     茉由は、分からない事、だらけだ。 こんなに…、茉由は、佐藤の事が分からない のに、佐藤は、なんで、茉由の事が分かるの だろう…          …あ~、もぉ~、           なんでよぉ~!… 茉由は、帰宅したばかりなのに、なんだか、 分からないことだらけでイライラし、とうと う、思い通りにならないスマホを、ソファに 投げつけた。 茉由のスマホは、素直に従い、ソファで バウンドしてから、床に落ちた。すると…、 スマホは反省したように、鳴りだした。 茉由は、ビクッっとして、床に転がったまま のスマホを覗き込む。佐藤からの電話だった。 『おぅ、お疲れさん!      どうした?』 佐藤は、「フツウ」のカンジだった。 スマホから聴こえてきたのは、ゴクゴク 普段通りの、爽やかな声だった。        「翔太?どうして、         連絡くれなかったの?         私、何度も、         翔太にしてるのに…」 『あー、ワルイ!    で、なに?』      「『なに?』って?なに?」 『なんだ?おまえ、  変だぞ、大丈夫か?』            「えっ?」 『じゃなくて…、  ホント、なに?』       「あ~、ごめんなさい。        でも、なんで、翔太は、        私に、花を贈ったり…        親知らずの事、        咲に頼んだり…、        通勤電車の事云ったり…」        「私に花?なんで、         こんなことがあるのか           分からないから…」 『何言ってるの?茉由、  おまえ…、ちゃんと、  話せよ、言いたいことが、      分からないぞ!』         「うん! だから!          私、分からないの!」 茉由は頭の中がグジャグジャのまま喋ってい る。佐藤は、とぼけているのだろうか、本当 は、茉由が何を言いたいのか分かるはずだが、 ワザと、茉由に話をさせているのだろうか、 『あぁ~、茉由?  そうか…、なんだかサー、  おまえの処に、  花がいっぱい贈られてた  みたいだからサー、  なにか、あったのか  と思って…、  俺も花を贈ったけど、       そんなこと?』 佐藤は、茉由のたくさんの疑問の中の、 一つに、だけ、答えた。 でも、これだって、スッキリとはしない。          「そんな事…」 『茉由?  大丈夫かぁ?』          「なにがぁ~?」 茉由は不機嫌だった。佐藤の答えでは、 茉由はスッキリとはしないし、なんだか、 茉由の方がおかしい様に、佐藤が云って くるのも、嫌だった。 「おかしい」の、は、佐藤の方だと 茉由は云いたいのに、上手く言えない。 「茉由ちゃん?  どうしたの?」 そこへ、いつまでも、リビングでグズグズし ている茉由に、待ちくたびれたように、 放っておかれた茉由の母が、割って入る。 茉由の夫の「教授就任の話をしたいのに」 なのか、 こんな時に、面倒くさい事が重なる。          「お母さん、今、           仕事の電話中だから、            ちょっと待って!」 茉由は、強く言い返した。茉由の母は、仕事 の邪魔はしてはいけないと、茉由から離れ、 リビングのドアをちゃんと閉めて出た往った。 茉由は、「自分宛じゃない」、昇進した夫へ 贈られてきた、華やかな、明るすぎる雰囲気 を出した、花だらけで狭くなっかリビングで、 独り、ポツンと、スマホを睨みつける。            「翔太?             おかしくない?」 『なにが?』            「だって!」 『おまえ、  GMと、どうなったの?』 茉由が、聞きたい事とは違う返事はするし、 反対に、自分の聴きたい事、云いたい事を、 佐藤は喋る。            「なんで?」 『送って、  もらってんじゃん!』            「だって、              仕事…」 『ホントに   仕事か?』            「……」 『茉由?  おまえ…』            「なに!」 『帰ってきてから、  ちゃんと、子供たちの事、  抱きしめてやったのか?』               「…なんで、そんなこと、          翔太に云われるの!」 『茉由?おまえ…、  仕事から帰ってきたら、  子供、抱きしめる事に  してたじゃん、あれは?』         「だから!なんで、私、          翔太にそんなこと          云われるの!            関係ないでしょ‼」 『あぁ~?だって、  おまえ、母親じゃん!』           「もう、翔太、嫌‼」 茉由は、突然、気持ちがコントロールでき なくて、反射的に勝手に、話を終わらせた。 疲れと…、怒りと…、恥ずかしさ… なんだか、 イッパイイッパイ、に、なっていた。 もう、これ以上、 翔太に何か云われたくはない、 話したく、は、なかった。        …私が訊きたい事じゃ、             ない、でしょ… 茉由は、その場にへたり込んだ             …どうして… 茉由の眼からは、涙が、粒にはならずに溢れ 出てくる。呼吸が浅くなる。苦しいし、耳が 熱い、眼が熱い、スマホを握りしめてた掌が 熱い、鼻の奥が痛い。           …ゼンゼン            違う、じゃない… 佐藤から、子供たちのことを云われると、茉 由は、自分が分からなくなった。佐藤の事が 分からなくて、連絡をとりたかったのに、違 う話、自分の話になってしまったので、ます ます、茉由は、混乱して、分からなくなる… 「おかあさん?」 下の子の声が、茉由の真っ赤になった耳に突 然、入ってきた。茉由は取り乱して気づかな かったが、茉由の異変に気付いた子供たちが 茉由に近づいてきた。           「ただいま…」 茉由は、俯いたまま、子供の声に応えた。 「どうしたの?」 下の子は、茉由の目の前にシャガンデ、心配 そうに顔を覗き込む。お兄ちゃんは少し離れ て黙ったまま佇んでいる。           「お父さんが、            大学病院の教授に            なったのよ、               凄いわね…」 茉由は…、リビングを狭くしている、色とり どりのアレンジ花と、胡蝶蘭たちを眺めなが ら、呟いた。 「おかあさん、  うれしいの?」            「そうね…」 小学生の子供には分からない?母が、悲しく て泣いているのか、嬉しくて泣いているのか、 これは、疲れているのか、嬉しい知らせに喜 んでいるのか…、 でも…子供たちだって…、 茉由は、下の子を抱きしめて、その子と一緒 にリビングから出ると「バーバ」を探す。お 兄ちゃんは、心配そうに、母の後ろについて いる。 茉由はそんなお兄ちゃんに気づき、力なく微 笑み返した。            「大丈夫よ…」 母の穏やかな声に、 お兄ちゃんは、心配しつつも静かに肯いた。        「お母さん!もう、         皆、夕食は食べたの?」 茉由は、いつもよりも大きな声で叫んだ、 いまの気分は落ち込んでいても、子供の前で は、全く関係がないから、 「もう?食べたわよぉ~」 母は、聴かれたことにだけ答えるように、 キッチンから叫んだ。       「じゃぁ~、        もう、私も休みますぅ~」 茉由は、子供たちと向かい合ったが、残念に も、重い空気は変えられずに、自分の前に並 んだ子供たちを抱きしめるだけだった。 子供たちも母を心配し、口数は少ないまま、 母に抱きしめられるままだったが、もっと、 もっと、気を使ったのか、 暫くして茉由が離れると、もう、なにも茉由 に聞かないまま、静かに、子供部屋に入って いった。 この家の、 明るい笑い声は、今日はない。 茉由は、子供たちと離れると、足早に バスルームに入り、いつもよりも 長い時間、 シャワーを流しっぱなしにして…、 そんな、 水音で、気持ちが落ち着いたのか、 寝室で一人、クイーンサイズのベッドの端に、 小さく、腰かけている。でも…ため息を何度 も繰り返し、眼を閉じたまま、まだ、横には ならない。 茉由は、夫の念願だった、一生の一大事より も、少し前まで寄り添っていた高井の別れ際 の呟きよりも、さっきの、佐藤のあの言葉が 耳に残って眠れなかった。                「咲?駿と連絡とれた?」 「うん…、  まだ…捕まらない」            「そうなんだ…」 茉由は咲の事が気になり、席に着いたとたん、 まだ、食べるものを決めてもいないのに声を かけた。 咲は、まだ、佐々木の母親から云われたこと で悩んでいる様だった。でも、それを聞いて いなかったのか、menuとニラメッコして いた梨沙は… 「ちょっと!茉由、  私たちに内緒にしてる事、      あったでしょ!」 昼の休憩時間、リフレッシュしたい三人は 外に出て、短い時間での食事中、梨沙の口 は、早々と出てきたサンドウィッチで モゴモゴしながらも、言いたい事は云う。        「なに?いきなり?           なにも内緒に…」 途中で茉由は、考えた、…いっぱい、 ありすぎるから… それは…ずいぶんと前の、まだ、茉由が関西 に往く前の頃、咲の部屋で行われ「三人会」 依頼、茉由は、高井との事を、二人には、 何も報告していないし、 関西では、佐藤が、頻繁に茉由の家を訪れて、 家族ぐるみで生活を共にしていた事も、未だ 報告していないし…、夫の昇進の事もあるし…       「梨沙?チャンと云って?            私、分からない」 茉由は仕方なく梨沙に話を戻してみる。 「翔太の事、この間から、  なんか、怪しいって思って  いたけど、茉由、関西で、  なに?家族ぐるみの付き合い?        してたんだって?」               「えっ?」 梨沙が、もう、佐藤との事を知っているのに は驚いたが、これは…、どこまで、知ってい るのかが、まだ、分からずに、茉由は、梨沙 の顔色をうかがう。 「そうなの?」 咲は、営業部の佐々木が夫なのだから、梨沙 よりも、営業部の事は分かっていると思った けれど、この事は、知らなかったのか、トボ ケテいるのか…知らないカンジを出した。        「うん! 同期だし…、         関西では、お互い、         周りに知り合いが         いなかったから、         なんだか、助け合い?          みたいなカンジで…」 茉由は当たり障りのない様に 言い訳してみる。 「そうだったんだぁ…、  でも、翔太にとっては、  茉由の家族との付き合いは、  やっぱり、茉由を大事に  思っているからで、それ、  同期だからって事かな?     男って事じゃない?」 梨沙は、茉由の返事を聞いていないのか、 早い展開で、話しを進めてくる。 やっぱり、前回、咲の「大事」を聴くだけで 終わってしまった事を、少し、後悔している のか、それとも、ただ、短いlunch の時間 が気になるのか…         「そう…          思われちゃうのかな?          私は…、やっぱり、         『同期として』だと             思っていたし…」         「関西は、結局、          半年ほどの、短い赴任、          だったでしょ…、でも、          たしかに、むこうでは、          私、仕事が終わると、          母から頼まれれば、          母の買い物を、          翔太と一緒にしてから、          車で送ってもらっって、              帰宅したり…」         「そのまま、翔太は、          私の家族と一緒に食事          したり…、したけど、          翔太と二人だけで、          何かをしたことないし、          どこかに往ったりして            いないし…あっ!」 「なに?」 茉由が、話しに詰まったので、咲が突っ込む、            「うん…              何でもない」 茉由は話しながら、一瞬、高井が頭の中に出 てきた。佐藤とは、二人だけ、で、どこかに 往った事はないけれど、高井とは、横浜や、 三浦半島や、吉祥寺に往った事があるので、 佐藤の話をしているのに、自分で言った言葉 なのに、「二人だけ」で、一瞬、高井が、頭の 中に出てきた。           「でも、なんで、            梨沙は…、             知っているの?」 茉由は、何も話してはいなかったのに、 梨沙が、なぜか、 佐藤の事を知っているのは、 不思議だった。 「うん、この前、翔太が、  茉由の、  親知らずを心配して、  咲のスマホにメッセージ  入れた事、あったじゃん、  何で、咲に、って、  思ったんだけど、  私のスマホにも、    翔太が入れてきて…」 梨沙は、スマホのメッセージを茉由に見せた。 『茉由は、  仕事が終わると  誰と帰っている?』 「ね?だって!」 梨沙は、少し冷めた表情で茉由に 佐藤からのメッセージを圧しつける 「私と茉由は、途中まで、  方向が同じだし、  一緒に帰っていると  思たのかな?  でも、分からないから、       電話したら…」 「そしたら、『関西では、  自分が、茉由を送っていたから、  茉由は、独りで、  電車で帰れるか心配だ』って  云うから、『子供じゃないし』って、         突っ込んでみたけど」 「それでも 『だって、あの、茉由だぞ!』って、  かなり、大げさに心配してるし、  だから、私が知らない、関西で、  なにか、あったの?かなって、             思って」           「そうなの?               でも…」 茉由は困惑する。親知らずの心配の時は咲き で…、通勤の件は、梨沙で…、この間の電話で も佐藤は自分の云いたい事だけ言ってくるし、             …なんで… 茉由は首をかしげる…          「なんで…、           咲と梨沙にまで…」 「それって…、かなり、  マジで、茉由の事  心配してるんじゃない…、  私と、梨沙に、  茉由の事、護らせ様と、    してるんじゃない?」              「……」          …翔太は、            私のことを… 茉由は、佐藤との電話の事を話すかどうか迷 う。べつに、二人に内緒にするつもりじゃな いけれど、佐藤が茉由に干渉しすぎるのが、 困る内容だったし、 それをいま、ここで言ったら、余計に、この 二人は、佐藤の気持ちを考えるだろうし... この二人が、茉由じゃなくて、佐藤寄りにな るのは、茉由には嫌だった。 茉由が頼もしいと思っていた佐々木は、意外 にも、このところ、自分の母親と、妻の咲の 間に入る事から逃げて、皆から離れていて、 高井は、茉由に、突き放すようなことを云っ てきたし、 茉由の母親は、義理の息子の教授昇進に舞い 上がっているし、 いまの茉由には、この二人しか、味方がいな いのだから… 咲と梨沙は、 佐藤の気持ちを考えてあげられる。 咲も梨沙も、6年前の佐藤と茉由の、 「事」を、 未だ忘れてはいない。 関西での茉由と佐藤の事は、実際には分か らなくても、関西の佐藤が、 ワザワザ、もう、離れた、茉由の事で連絡 をしてくるのだから、茉由の事を同期以上 に思っているのだろう、との事は、 咲も梨沙も分かっていた。 ― 佐藤は、茉由を思って、関西への異動を自ら 進言した。 そんな佐藤は、茉由を「女」として愛してい るだけじゃない。 関西で、一人で頑張る、 「母としての茉由」を、そして、 茉由だけじゃなく、 「茉由の家族を護りたい」 茉由が、いつも、心を痛めるのは、 茉由のせいで、大変な思いをさせ ている、子供たちの事、 そして、茉由が、自分で望まなく ても、抱えているものは、病気と、 理解できない事が多い、夫。 人には、それぞれ、 背負っているものが、あったり、 抱えているものが、あったり、 心に閉じ込めている、ものがある。 佐藤は、茉由が、母親で、あるために 「我慢」しているのも知っていた。 佐藤は、そんな、茉由の「力ない 後姿」を何度も見ている。だから、 そっと、茉由がチャンと歩いて往 けるか、見届けていた。 佐藤は、茉由を追いかけて関西へ入り、 「茉由を護る」ようになる。 お母さんとしても、頑張る茉由を、 「護る」 茉由は、家族を巻き込んで、 夫から、 逃げてきたこと、すごく申し訳な いと思っていて、関西では、 自宅に戻ると、大袈裟に、子供た ちとのスキンシップをとるように していたが、 それでも、 「これで大丈夫かなぁ?」 と、不安は拭えなかった。 けれど、佐藤が、良いように空気 を換えてくれた。  ― 茉由は、短い間の事として咲と梨沙に話した が、数か月でも、茉由の身近な誰よりも、佐 藤は本気で、茉由と、茉由の子供と母を守っ ていた。 そんな、佐藤と茉由は、 この、6年前には、 ―  「佐藤チーフって     翔太だったの?」 「おい、敬語は?   俺はチーフだからサー」 「ナァ~、茉由?おまえが一旦、  社から離れたから、俺とおまえ  が同期なんて、  誰も知らないんだ、ナァー。  可笑しいよ、ナァー、  だから俺たちが、  ただ、つき合っているとしか、     観られてない、ナァー」 「そうね、きっと、大人の関係が  ある、男と女、と、思っている         でしょうね~」 「ぜってぇ~、無理だよ、  ナァー、  男と女になるなんてー」 「そうね、無いわね」 このマンションギャラリーの人事 権がある、チーフが決めたスタッ フなのに、お互いがとぼけている のか、茉由だけが鈍感なのかー、 チーフは佐藤翔太、茉由の同期の 翔太だ。チーフとしては若い方だ が、それは営業成績が優秀なのだ ろう。 佐藤が新人の頃は、こんなに仕事 ができる男になるとは、茉由は思 ってもいなかった。 だから、チーフだと分かった時に は、たった5年程で、こんなに人 は、成長するものかと自分と比べ て愕然とした。 もう「上司」になった佐藤と、 どう向き合えば良いのだろう。 佐藤と茉由は、実は「同期だから」 こそ、仲が良いとのこと、このこ とは二人とも、ここで一緒に働く 者には、オープンにはしなかった。 佐藤は上司として茉由を扱いにく くなるし、茉由は、佐藤の急成長 について行けずに、頭の中では、 幼さの残る翔太がまだいてスッキ リとはしないのに、同期とみられ れば、上司として、佐藤と接する のには接しにくい。 だから二人は、皆の前では、昔の ことは伏せたまま、仕事をスター トさせた方が、何事もスムーズに いくと思っていた。 それからは、茉由は、朝の仕事に 向かう足取りが変わった。嫌なも のから逃げ出す、頭の後ろ側が、 鈍く痛くなることが無くなった。 これから向かう仕事場には、チー フがいる。今日は何を一緒にしよ うかなぁー、茉由は、ウキウキし ていた。 それはまるで、アルバイト先に、 気になる男子がいる学生気分で、 茉由は、仕事よりも「チーフに会 いに往く」様になっていた。 常に頭の中は、佐藤でイッパイに なる。 茉由は、「翔太」じゃない、仕事が できる男、「佐藤チーフ」に少しで も、カマッテほしい。 いつも以上に、茉由は身だしなみ にも気を配り、通勤に着る服は、 どんどんフェミニンになっていく。 もはや、仕事に向かうために着る 服ではない。以前にも増して、周 囲の目は気にしなくなり、ビジネ スマナーもない、より華やかな、 観る人によっては下品な、背中の 大きく開いたワンピを着たりする。 こんなに茉由が変化を遂げている のに、佐藤は相変わらずの仕事人 間で、ただ業務に集中している。 マンションギャラリーのバックヤ ードにある事務室では、 座ったままでも逞しい、学生時代 には水球に熱中し、鍛えられた身 体はドッシリと、分厚い胸の上半 身が、デスクに着いていてもかな り目立つ。 その広い佐藤の背中に、茉由が ジャレつき隠れると、それに佐藤 は満足そうに、一度だけニヤリと 口角を上げ、その席を誰にも譲ら ない。 周囲の者に、佐藤は貫禄を 見せつけ、 その、大きな体で茉由を隠したま ま、忙しそうにデスクワークを続 けた。 こんな時、ちょうど良く温かい 逆三角形の広い背中に隠れた茉由 は、こんな、他愛の無い、些細 出来事でも、 「このまま、ずっと、こうしてい たい」と、気持ちが大きく揺らい でいた。 だから、佐藤との間にある温度差 を、茉由は気づかない。この時、 佐藤は、会社での自分のポジショ ンに合わせた、芝居のつもり、だ った。 優秀な佐藤チーフが、このマンシ ョンを売りきるまで、さほど時間 は必要なかった。 それは、社内では表彰されるぐら いの速さで、このマンションギャ ラリーが必要だったのは、たった 2カ月ほどだった。 マンションが完売ならば、マンシ ョンギャラリーは、すぐに取り壊 される。 佐藤と茉由の関係は、この、 マンションギャラリーが畳まれる と、どうなってしまうのだろう。 最後の朝礼の後、佐藤は今後の皆 の行先の説明を始めた。その場に は、チーフの上の立場にある、エ リアマネージャーの顔も有った。 営業担当の行先を告げた後、茉由 たち接客担当の行先が告げられ始 めた。他の3人の女性たちは、こ れから立ち上げの、かなり大きな タワーマンションに往くらしい。 だが、茉由だけは、同じ路線で二 つ先の、低層の億ションへ入るこ とになった。 けれど、佐藤はそこの担当チーフ ではない。これには、ここの皆が 驚いたが、そこには、佐藤と、朝 礼に加わっていた、佐藤の上司の エリアマネージャーとの間に衝突 があった。 何故、佐藤とエリアマネージャー が衝突したのか、誰も本当の事を 知らない。けれど、「この二人が、 衝突したから、佐藤が飛ばされる ことになった」ことは、皆、分か っている。 そして、その、もめた原因を聴か されなくても、いくら鈍い茉由で も、優秀な佐藤が失速する理由が、 他にないことも察しが付き、 この佐藤の「処分」には、自分が 関係していることぐらいは、分か る。それもきっと、自分の方が 佐藤よりも、ホントはずっと、 非が大きいことも。 エリアマネージャーは、茉由も、 これから忙しくなる、タワーマン ションに入れようとしていた。 けれど、佐藤は、茉由を違う物件 に入れた。 その理由を、佐藤はエリアマネー ジャーに説明しなかった。結果的 に、エリアマネージャーに逆らっ たことになる佐藤は、 ここでも成果を出し、営業成績は トップクラスなのだから、次は、 もっと大きな案件で、華々しく活 躍できるはずだったが、 都心から、かなり離れた残物件、 それは、建物完成後も完売できて いない、棟内モデルルームに行か されることになった。  この、佐藤の頑なな態度は、実は、 同期の茉由への、気遣いからだっ た。 茉由は、ここで、他の接客担当の 女性たちのことを考えてはいなか った。仕事では、職場での人間関 係も大切にしなければならない。 とくに、この仕事の様に、限られ た者たちで一つに纏まり、ここで の仕事の成果を出さなければなら ない場合には、より、その事は大 事になる。 けれど、茉由は、佐藤の方にしか 向いていなかった。それを、他の 接客の女性たちは良く思ってはい なかった。 タワーマンションの担当チーフは、 佐藤ではなかった。佐藤は、もう、 茉由を守ってやれない。だからそ こへ、一人になった茉由を、往か せることを、したくはなかった。 茉由は、ここでの2か月間の、自 分の浮かれたバカさ加減に、寒い 季節に、冷水を浴びてしまった以 上に、全身が強ばった。 つかの間の幸せに過ごせていた茉 由の足元は、このマンションギャ ラリーと一緒に、ガタガタガタッ ーと崩れ、 そしてさらに、また、一人ぼっち で、もっと、もっと、もっと、ず っと、大きな深い穴に落とされた 気がした。 「でも、私、  翔太が大好きだった      だけなのに」 茉由は社会人として幼過ぎた。 茉由が、夫から、癌を告知された のも、この頃だった。   ― でも、 それからの茉由の気持ちは… 茉由は、咲の云う通りなら、困る。       「なんで…、        こうなっちゃうんだろ…」 「でもさぁ?  茉由のあの旦那なら、  翔太の方がヨクナイ?」 梨沙は、本気で言っているのか分からない、 lunchの短い時間を気にして、無理やり纏め ようとする?             「……」 茉由は、もう、頭の中がグジャグジャで 返事ができない。 この、茉由の夫は、医者の立場を利用して、 ― 「茉由の病気」 これは、医者である夫が、妻の不 貞を疑い、その制裁に、病気と信 じ込ませ、要らない手術や薬の投 与を施し、 白血球数が平均値の1/10になる ようにし、これで、抵抗力が弱っ ているとのことを茉由に自覚させ、 「信じ込めせ、行動を制限する」 夫の制裁、茉由の「行動の自由」 を取りあげる、      ― 梨沙は、茉由の夫が、茉由の事を強く管理し、 制裁を加えていることを知っているから、茉 由の事を考えてそう云ったのかもしれないが、 関西から戻って、佐藤との距離ができると、 こちらでの「事」、で、茉由はイッパイに なっていた。 だから、佐藤の思いには… 「でも…なんか…翔太...  不器用で、  かわいそうじゃない?」 咲は、茉由を前にしては、 云い難い事を言った。 「私も、翔太が  かわいそうだと思うよ、  こんなに、茉由のこと    思っているのに…」 梨沙も、完全に、佐藤寄りのことを云う。               「……」 茉由は、たとえ仲の良い二人から、自分が心 配をされて云われたことでも、佐藤を、同期 以上には考えられないし、このところ、いろ いろ、いっぺんに分からない事が増えてきて、 自分は混乱しているのに、ここでこの話を、 もう、これ以上されたくはない。          「どうして?           思われたら、           思ってあげなきゃ             いけないの?」 ついに… 茉由は乱暴に言い放ってしまった。 茉由は、この場の雰囲気が辛くなり、 逃げたかったのかもしれない… でも、これに二人は… 「なに、それ、ムカツク!」梨沙は怒り、 「ちょっと、酷いね」咲も怒った。              「……」 茉由は、もう、なんだか、居た堪れなくなっ て、眼が合わせられない二人から離れようと、 ガタン!っと、勢いをつけて席をたち、先に 店を出てしまった。 いままでは、茉由が、どんなに迷惑を掛けて もこの二人は茉由の味方だったのに…、 残された二人も、言葉数が少なく、少し遅れ て店を出ると、それぞれの仕事に戻った。          …なんか、           翔太…ずるい… 茉由は泣き出しそうだった。そんな顔を二人 には見られたくはなかった。仕事が無ければ、 このまま帰りたかった。午後は、静かに席に 着いたまま、PCだけ見ていた。         …わたし、          どうなっちゃたの… 茉由は、翔太から責められ、あんなに仲が良 かった、咲と梨沙からも責められ、もう、 なにもかも、分からなくなっていた。
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