第一章 最果てにて

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「君の名前は? 俺は夏川。いちお立夏棟の寮長だから、これから一年間よろしくね」  にこりと気さくに微笑みかける。  寮長ということは、とてもそうは見えないが根はまじめな人なんだろうか。人は見た目で判断してはいけないとよく言うし。 「五十嵐」 「五十嵐くんか。下の名前も訊いていい?」 「大和」 「やまとぉ?」  ぷーっと盛大に吹き出したのは、夏川ではなく野崎だった。 「その弱々しい見た目で大和って。名前負けにもほどってもんがあるだろ、ほどってもんが。おまえのどこに大和っぽさがあるのか言ってみろよ」  面白い冗談を聞いたかのように、腹を抱えてゲラゲラと笑う。  大和は滅多なことでは腹を立てない。大抵のことはどうだっていい。が、初対面で名前を馬鹿にされては、さすがに少し面白くない気持ちになった。 「野崎、あーたね、人の名前を笑うなんていくらなんでも失礼でしょ。俺は似合ってると思うよ。いい名前だね、大和くん」  夏川は友人の無礼を取りなすように、背を少しかがめて大和の頭に手をおいた。顔が近くなり、笑い皺がはっきり見えた。触りたいと思ったのはどうしてなのか。 「名前」 「え?」 「名前は?」 「ああ、俺の名前? 馨だよ。夏川馨(なつかわ かおる)。あ、でも、下の名前で呼ばないでね。嫌なんだよね、女の子みたいで」 「綺麗な名前なのに」  思ったまま感想を口にすると、馨は少し驚いたように目を見開いた。まなじりの淡い皺を深めるように、くしゃりと笑う。 「なんだか口説かれてるみたいだね」 「口説いてない」  馨は冗談だよ、冗談と言って、明るく笑った。夏の光みたいな髪の色のせいだろうか。太陽を思わせる笑顔だ。  眉をゆるく寄せたのは、馨の言葉が不愉快だったからではなく、光をまともに浴びた気がしたからだ。 「おい、チビ、気をつけろよ。こいつは大の男嫌いだからな。うかつに迫ったりしたらぶん殴られるぞ」 「男がそういう意味で男を嫌いなのは当たり前でしょ。あ、ついでに言っとくとこいつは野崎。野崎伸(のざき しん)ね。まあ、覚えても役に立たない名前だから覚えなくていいよ」 「ひとこと多いぞ!」  馨は、「三時になったら、今日入寮した子たちを集めて寮の案内と説明をするから。放送がかかったら集合してね」  と言い残して、伸とともに階段を下りていった。
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