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美しいメロディーが聞こえる。ゆったりと流れていく春の川を思い起こさせるメロディー。G線上のアリアだ。
大和はスマートフォンから流れる音楽を手探りで止めた。重たい瞼を無理やりこじ開けて時間を確かめる。ディスプレイに浮かぶ文字はAM4:30。
……もう少しくらい眠っていても大丈夫そうだ。
大和は隣で眠っている馨の体温を感じながら目を閉じた。次に目を開けたとき、ディスプレイの表示はAM5:00に変わっていた。
そろそろ起きなくてはまずい。大和は意志の力をふりしぼってベッドから出た。パジャマを脱いで、ジャージの上下に着替える。
「……大和ちゃん、もう起きたの?」
馨の声に振り返ると、馨は眠たそうな目でこちらを見ていた。
「いま何時よ」
「五時ちょっと過ぎ」
「どうしたのこんな時間に――って、なんでジャージ着てるの」
馨はびっくりしたようすで身体を起こした。
「ジョギングするから」
「ジョギング?」
大和はうなずいた。
大和がいくらがんばったところで、馨や森正のようにはなれない。でも、脚力なら少しくらいは鍛えられるかもしれない。たった二週間でどれだけの成果が出るのかわからないが、やらないよりはずっといいはずだ。
「俺が花を獲られたら、立夏が負けるんだろ」
馨は瞬きすると、顔いっぱいに笑みを浮かべた。まぶしいまでの笑顔に、今度は大和が瞬きをした。
「ちょっと待ってて、俺も一緒に走るよ。すぐ着替えるから」
寝起きとは思えない素早さでベッドを出ると、言葉通りあっという間にジャージに着替える。
「勉強はいいの?」
「大丈夫。早朝学習をやらないくらいで成績が落ちるようなら、話にならないから」
一学期のころ、馨は早朝のジョギングをかかさなかった。それが朝の学習に変わったのは二学期に入ってからだ。
外へ出ると、清涼とした空気がふたりを包んだ。昼はまだまだ暑いが、早朝は秋の気配を漂わせはじめている。
「最初はスピードを抑えて、距離重視でいこっか」
大和は馨のあとについて走り出した。朝日に照らされて、馨の髪が金色に光って見える。きらきら光ってまるで天使みたいだ。
早朝の空気がは気持ちがいいな、などと悠長なことを思っていられたのは最初の三分間だけだった。
馨は大和に合わせてペースを落としているんだろうが、いくらゆっくりでも走るのと歩くのではまったくちがう。大和はすぐに足の限界を感じたが、馨の励ましを受けながらどうにか自力で寮までもどってきた。
走ってみてわかったのは、真面目に運動するとおなかが非常に空く、ということだった。
食堂は相変わらずにぎやかだ。うるさいまでの話し声と、食べ物のいい香りが広々としたホールに立ちこめている。
大和は箸を握りしめながら、馨の皿をじっと見つめていた。馨は大和に顔を背けるようにして泉と言葉を交わしている。今がチャンスとばかりに馨の皿から蕪の煮物を奪い、口に入れる。
「……大和ちゃん、意地汚い真似しなくても、ちょうだいって言えばあげるから」
馨は呆れた目を向けながらも、大和の皿に卵焼きをのせてくれた。
「五十嵐くん、お腹空いてるの?」
訊いてきたのは右隣に座っているはじめだ。
「僕のもわけてあげるよ、はい」
「いいの?」
大和ははじめの顔と皿にのせられたおかずを交互に見つめた。
「いいよ。走ったからお腹空いたんでしょ」
大和とはじめのやりとりが聞こえたらしく、周囲の生徒たちは一斉に立ち上がると「じゃあ、俺のも」「俺のもやるよ」と大和へおかずを差し出してきた。
「そんなにいらない」
「遠慮するなって」
「そうそう、五十嵐にはクイーンとしてがんばってもらわないといけないからな」
そう言って大和の皿におかずをどさどさとのせてくる。
大和は小さな山となったおかずをながめて、いささか途方に暮れたのだった
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