第一章 最果てにて

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 大和はスーツケースを手に取ると、三階を目指して階段をのぼった。  廊下と同じく階段も板張りで、ところどころくすんでいるが掃除はきちんとされているらしく、不潔な感じはしない。  三階にたどり着いた大和はふう、と大きな溜め息をついた。これから毎日この階段をのぼり下りしなくてはならないのか。入寮初日にしてうんざりする。  五号室は階段のすぐ右手にあった。  パンフレットによると春宵寮はすべて二人部屋らしい。ルームメイトはどういう人だろう。  できれば上手くやっていきたいが、自分の性格にかなりの難があるという自覚はある。表情に乏しく、会話も乏しい。相手が話しかけてきても上手く返せたためしがない。  友人になれそうにないとさっさと見限ってくれればいいのだが、中には大和の心を開かせようとなにかにつけてかまってくる者もいる。それだけならともかく、なにをどうしようが大和の態度が変わらないと知ると、手の平を返したように嫌がらせをしてくるのが煩わしい。  人になにをされても割と平気なたちだけど、嫌がらせをされて楽しいわけじゃない。  他人に無関心な人だといいな、と思いながら五号室のドアをノックする。 「どうぞ」  返事はすぐにあった。  ドアを開けて中へ一歩踏み入れると、窓際の机に座っている少年がこちらを見ていた。  丸い眼鏡。頬に浮かんだそばかす。色素が薄いのか肌が白く、髪も茶色がかっている。大和も小柄だが彼も同じくらい小柄で、ほっそりした身体つきをしている。街ですれ違ったら中学生としか思わないだろう。  眼鏡の少年は大和と目があうと、人懐こい笑みを浮かべた。  どうやらクールとは言いがたい性格みたいだ。どうしよう。苦手なタイプかもしれない。大和が彼を、ではなく、彼が大和をという意味で。 「君もこの部屋なんだよね。よかった。怖そうな子がきたらどうしようかと思ってた」  ますます笑みを深める。  笑顔を向けられたら笑顔で返す。そんな当たり前のことが大和には難しい。笑いかたは子供のころに忘れてしまった。  大和が無言でドアの前に立ったままでいると、ルームメイトは椅子から立ち上がって大和の前まで歩いてきた。 「僕は西田、西田はじめ。これからよろしく」  にこやかに微笑んで大和へ右手を差し出してきた。大和はその手を握ると、「五十嵐大和……よろしく」  素っ気ない口調で言った。素っ気なくするつもりは少しもないのに、抑揚のない口調はどうしても冷たく聞こえる。  はじめは大和の態度を気にしたようすもなく、うれしそうに微笑んだ。  大和が今日から暮らす部屋はいたって簡素だった。右側に二段ベッド、奥の窓際に学習机、それ以外に家具らしいものは無垢材の棚だけだ。その他には正方形の小さな冷蔵庫がひとつ備わっている。入ってすぐ右手にあるドアは、恐らくバスルームだろう。春宵寮はトイレは共同だが、風呂は各部屋についているとパンフレットに書いてあった。  ふたりはアミダくじでどちらのベッドや机にするかを決めた。大和はどちらでもよかったのだが、はじめはどうしても勝手に決められないようだったので。  くじの結果、ベッドは下の段を、机は左側を大和が使用することになった。
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