第1章 大切な人

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 俺の母親は、夫を、俺の父親を早くに亡くしている。 母の家庭は貧しかったので、高校も行けず、中学を卒業してすぐ働きにでたと聞いていた。 高校を卒業していない母には、条件のいい働き先はなかった。  賃金の安いアルバイトをして、他の兄弟の為に給料のほとんどを家に入れていたみたい。   最寄りのハローワークへ行っても、高校を出ていない母には、他の人が見せてもらっている多種多様な求人を満足に見せてもらえず、冷たくあしらわれていたみたいで、その時は本当に辛かったとこぼしていた。 だから、   「雅人、高校はちゃんと出なさいよ」と言われていた。  母は高校卒業の年齢になると、条件のいい働き口を見つける為、家族にもっと多く給料を渡すため、履歴書に高卒と偽って、高卒以上の資格がいる会社に正社員の面接を受けに行った。 そして、晴れて印刷会社に採用された。  経歴を変える事はいけない事だけど、その負い目は感じていたからこそ。 他の高卒の社員に負けないように努力して、真面目に仕事に取組み、次第にほかの社員に認められるようになっていったと嬉しそうに話していた。  普通の人が高校に行って青春を過ごしていた時、母はまともに青春をおくる事なく仕事ばかりで生きてきた。 その後、父と出会い、やっと人並みの生活が送れるようになり、 俺が生まれ、普通の幸せが訪れるはずだったのに、父を早くに亡くしとても苦労した。  そんな母だからこそ、これから楽をさせてあげるよう、親孝行をたくさんしてあげたかった。 親より早く亡くなった自分は親不孝の何物でもない。  俺の彼女の裕美の事も自分の子供のように可愛がってくれていたし、私が裕美と結婚して、その孫の顔も見たかっただろうと思うと、胸が苦しくなった。  誰にもあたる事が出来ず、気付いたら涙が出ていた。 辛いのは自分より母親なはず・・・
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