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【本日の御予約】 紫乃原みちる 様 ③
畳の上に敷かれた赤い絨毯の先は、ラウンジのような部屋だった。
見たところ一階には、この部屋のほかに事務所と厨房。あとは浴場へ続く通路があるだけのようだ。客室は二階なんだろう。
開け放された障子の向こうに視線を移すと、小さな庭が目に入った。
手入れの行き届いた枯山水の奥には等間隔に四本の木が植わっていて、その中の一つ、左端の枝垂桜だけが淡い桃色の花を咲かせていた。
「思ったより遅かったね。もしかして道迷った?」
いつもの笑顔を引っ付けて、二つのコーヒーカップを運んできた凛介がそんな事を言う。
ふるふると首を振る。迷ったのは道じゃなくて『行くかどうか』だったのだけれど、口にするのはやめておいた。
それより気になったのは凛介の服装だった。
あたしと浦面さんの前にカップを並べる凛介は、まるで板前のような恰好をしていたのだ。
もっともバイト先の服装に文句を付けるつもりはない。
ただ、浦面さんのような袴姿――とは言わないまでも、作務衣のような恰好を予想していたので、正直面食らった。
……とても似合っているけれど。
「カノジョさんなら凛くんの料理の腕前は当然知ってるよね。うちでも厨房に立って貰ってるんだよ」
「えっ。凛介がお客さんに料理出してるの?」
「夕食だけね。それだって摩子さんに細かく味見してもらってるけど」
民宿を名乗る店が学生である凛介に料理を任せていることに驚いたけれど、しかし納得できる話でもあった。
事実として凛介の料理は美味しいのだ。お世事抜きで料金を取れるくらいに。
凛介本人もいずれはそちらの道に進むことを考えているようだし、これはこれで良い経験なのかもしれない。
なんにせよ、あたしが口出しする内容じゃないのは確かだ。
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