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「いやほんと、凛くんには助けられてばかりでね。板前だった私のじいさんが死んでからというもの、凝った料理が出せないのが悩みの種だったんだよ」
「えっと、ほかの従業員さんは……?」
純粋な疑問からそう尋ねると、浦面さんは「ううん」と、漆黒の髪を左右に揺らした。
「いまは私と凛くんだけで回してる状態だね。まぁ見ての通り狭い店だから、なんとか切り盛りできてるよ」
これまた驚く内容だった。
夕食を任せているとはいえ、凛介はあくまでアルバイトだ。日中は大学に通っている訳で、その間、宿泊客の朝食の用意やその他の雑用は浦面さんがたった一人でこなしている事になる。
おそらく相当な仕事量だ。この辺りが『完全予約制』の理由だろうか? なんてことを考えていると――。
「さて。少し話が飛んでしまったけど、そろそろ本題に入るとしようか」
「それじゃ摩子さん、みっちゃんをよろしくお願いします」
浦面さんが「うん」と頷いたのに対して、あたしは思わず「えっ」と聞き返してしまった。そんなあたしの方を向いて、凛介は申し訳なさそうに両手を合わせた。
「ごめん、みっちゃん。本当はバイト休みだったんだけど、話の流れで一つ仕事を引き受けちゃってさ。しばらく奥に居るから、話が終わったら声かけて」
「……わかった」
心細さと引き止めたい気持ちに蓋をして『仕事なら仕方ない』と諦める。
つまり、ここからしばらく浦面さんと二人きりになる訳だ。
浦面さんに対して負の感情がある訳じゃないけれど、しかしこれから始まる話の内容を考えると、不安は大きい……。
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