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「そういえば、まだ名前を聞いてなかったね」
凛介が部屋から出ていくのを見送ると、さっそく浦面さんの声がした。
ああ、そうか。さっきは自己紹介をしてもらっただけで、名乗り返すのを忘れていた。
「紫乃原です。紫乃原みちる」
「みちるちゃんか。なるほどね、だから『みっちゃん』なんだね」
まるでナゾナゾが解けた小学生みたいに浦面さんは愉快気に言う。
それから何を思ったのかソファから腰を上げ、ずいっと身を乗り出してあたしの顔――正確には口元をじっと見つめて、にやりと笑った。
……やっぱりだ。
たったそれだけで、彼女の雰囲気がガラリと変わる。
「みちるちゃんは良い瞳をしてるね」
「えっと……。瞳、ですか?」
「あら、知らない? 人間の唇と瞳は同じ形をしているんだよ」
初耳だ。
とりあえず「そうなんですか」と返すと、浦面さんは今度は不満げに唇を尖らせた。元が美人なので、コケティッシュな仕草にも全く違和感がない。
「おやおや、つまらない反応だね。――嘘だよ嘘。唇と眼が同じ形な訳ないだろう。用途が全く違うんだからね」
「……、」
ふと、凛介の言葉を思い出した。
確かにちょっと変わった人だ。凛介の言葉を借りるなら、すんごいひねくれ者と付け加えるべきか。
ともあれ、意図の掴めない会話が終わると、浦面さんはソファに腰を戻した。いよいよ本題が始まる雰囲気が漂ってくる。
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