第1話:雷狐

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第1話:雷狐

 目覚まし時計のアラームで、僕は現実に引き戻された。  どうやら今日も朝がやって来たらしい。  枕元の目覚ましを止めてベッドから起きる。  こう見えて僕は寝覚めのいいほうだ。おまけに春休みであるにも関わらず規則正しい生活を送っている。だからこの日も特に寝不足を感じることなく、スムーズに起床することができた。  窓のカーテンを開け、部屋に朝日を招き入れる。  2070年4月7日月曜日。  今日の天気はいいようだった。  僕は軽く背伸びをしてから着替えを始めた。学校に行く予定はないので着替えるのは私服だ。それが終わると今度は、充電しておいたナーヴコネクターを首に装着した。ボタンを押して脳との接続をスタートさせる。一秒足らずでユーザー認証が完了し、ナーヴコネクターがアクティブになる。同時に僕の左腕に仮想端末のスマートバンドが出現する。僕はロックを解除してスマートバンドをタップし、AR機能をオンにした。  その瞬間僕の世界は拡張され、部屋に一匹の狐が現れる。  もちろん本物の狐ではない。  僕の飼っているバーチャルペットだ。  見た目はアニメ調にデフォルメされており、大きな頭と丸い体の二頭身で、顔は癒し系の無表情だ。ちなみに輪郭は実存物体と区別が付くように青白く光って見える。その仕様は他のバーチャルオブジェクトと同様だった。 「おはよう、スフレ」 「コンッ!」  僕が名前を呼ぶと、スフレは僕の足にじゃれついてきた。ナーヴコネクターが僕の脳に信号を送り、スフレが触れたという感触が僕の足に発生する。 「よしよし」  僕が頭を撫でると、スフレは気持ちよさそうに目を細めた。  ナーヴコネクターというウェアラブルコンピューターが発売されてから、確か20年だったか。  そのあいだに僕たちの世界は様変わりしたらしい。  ナーヴコネクターは、ユーザーの脳と無線接続をして信号をやり取りする機能を持っている。砕けた言い方をすれば、ユーザーに幻覚を体験させたりユーザーの考えを読み取ったりすることができるのだ。  この装置の登場によって画面越しに見聞きするだけだったバーチャルは、まるで実際にそこにあるかのように五感で体感できるものになった。現実の感覚を遮断して仮想世界にダイブすることもこの装置を使えば可能なのだ。  そんなナーヴコネクターが一人一台にまで普及した現在、バーチャルはこの現実世界にすっかり浸透している。この状態はむしろ、現実世界と仮想世界が重なり合って存在していると言ったほうが正しいかもしれない。僕たちはナーヴコネクターを使って拡張された現実世界(オーグメンテッドリアルワールド)に常時ダイブし、リアルとバーチャルの両方を感じながら生きているのだ。  この日、特に予定のない僕は自分の部屋で読書をして過ごすことにした。  ちなみに今読んでいるのはリアルではなくバーチャルの本だ。物理的制約がないのを利用して様々な仕掛けを施したものもあるが、これは本物に近いバーチャルブックだった。  昼食を挟んで午後になってもその本を読み続けていたのだが、ずっと動かないでいるのもそろそろ疲れてきた。  僕はしおりを挟んで本を閉じると、バツ印を描くように表紙を指でなぞった。収納コマンドが認識され、バーチャルブックが僕の手から消える。それから僕は軽く背伸びをして、暇そうに転がっているスフレに声をかけた。 「公園に遊びに行くか?」 「コンッ!」  スフレは元気に返事をした。  僕たちはいつも遊んでいる公園に行くことにした。
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