姉貴

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姉貴

15歳の俺はベランダで暮らしている。 場所はアパートの最上階。 一日一回のご飯。 稀に浴びるシャワー。 春夏秋冬寝床はここ。 学校なんて中学までだ。 さて、なんのことだか分かっただろうか? そう、育児放棄だ。 俺の両親(?)は俺が小さい頃から、何かあるとすぐに俺をベランダに追い出す。 それが段々とエスカレートしていき、家での時間が少なくなった。 そして、とうとうベランダ暮らし。 こんな生活があと少し続けば確実に死ぬに決まっている。 でも、俺には決して死なせたくない人がいる。 それは俺の双子の姉貴だ。 姉貴も俺と同じベランダ暮らし。 とても優しく、美人で、文武両道。 そして小さい頃から、いつも俺の面倒を見てくれた。 親がヤンキーだからとヤンキーになってしまった自分とは大違いの最高の姉貴なのだ。 そして今日、そんな姉貴を助けるべく、俺はある作戦を実行することに決めた。 「……なあ、姉貴。」 「……どうしたの?こんな夜中に。」 隣で眠っていた姉貴が起きた。 「…前にさ、この暮らしに終止符を打つことができる方法とか考えてたよな。」 「……そんなこともあったね。」 優しい笑顔で話出す。 「ああ、上から叫んだり、物を落としたり、学校の先生に相談したり、全部失敗したよな。」 「……うん、そうだったね。」 俺の心も誰にも救われなかった。姉貴を除いては。 「でもさ、一つだけまだ試してない方法があったんだ。」 「……そうなの?」 「そして、それは必ず成功する。」 「……本当?」 「ああ、でも実行する前に話したいことがあるんだ。」 「……どんな話?」 「…人生、についてかな?」 「……人生?」 「俺たちって何のために生まれてきたか分かるか?」 「……いきなり?」 「…まあな、で、俺分かったんだよ。俺たちが何のために生まれてきたのか。」 「……何のため?」 「……姉貴は生きて幸せになるため。俺は死んで幸せになるためだ。」 「……死んで?」 「…はぁー、ふぅー。」 俺は呼吸を整える。 「姉貴は今まで色々なことを頑張ってきた。でも俺はヤンキーなんかになっちまった。この家のやつらと同類になっちまった。俺に生きる価値なんてない。だから俺はここから飛び降りる。流石に死ねば、警察も家の中まで来るだろ?」 「……。」 姉貴は何も答えない。ただ泣いているのは分かった。 「姉貴は俺を助けられなかったって後悔するかもしれないから、一応事前に別れの挨拶がしたかったんだ。」 泣いている姉を見ながら、俺は笑ってベランダの手すりへと足をかける。 「……姉貴、俺に生きる理由を教えてくれてありがとな。こんな世界でも楽しかった。そして……、精一杯生きてくれ!」 俺は覚悟を決めて飛び降りようとした……。 その時、 「……それは全部私のせりふだよ。」 姉が涙声で呟いた。 「……姉貴?」 「……私が言おうと思ってたこと、全部言われちゃったってこと。」 「姉貴、まさか俺と同じことしようとしたのか?」 「……半分正解。」 「…半分?どういうことだ?」 意味が分からない。 「……しようとしたんじゃない。もうしちゃったんだよ。」 「…もう、した?」 「……下を見て。」 俺はこのベランダの真下を見た。すると人のようなものが横たわっていた。 「……どういうことだ!」 最悪のシナリオが頭をよぎる。 「……私、死んだんだよ。」 「……は?」 「すすむが話をするより先に私が飛び降りちゃったんだよ。だから今ここにいる私は幽霊……。」 「……嘘だ。」 「嘘じゃない…。」 「なんだよ、それ……。」 俺は頭が真っ白になる。 「…くそ、あと5分、あと5分早けりゃ俺が飛び降りていたのに…。」 「…結果は同じだよ、弟を助けるのは姉の務め。だからあと5分早かったとしても私はもう5分早く飛び降りてたよ。」 「なんで姉貴が死ぬんだよ!普通おれだろ!?ふざけんな!姉貴が死んだなら俺も死んでやる!」 溢れてくる涙が止まらない。 「すすむ!しっかりして!」 姉貴が泣きながら俺の両肩を揺さぶる。 「あなたの名前はすすむ!私がつけたの!思いを込めて!だから生きて!」 「俺が……生き…る?」 「すすむ、死んで幸せになるなんて言わないで!自分から命を投げ出して幸せだった人なんて一人もいない!!」 「姉貴は死んだじゃねーかよ!俺にばっかり言いやがって!俺みたいなクズが死ぬんだよ!こういうときは!」 すると姉貴は俺の頬を平手でおもいっきり叩いた! 「私が生かした弟だよ?!命と幸せ捨ててまで生かした弟だよ?!クズなんかじゃない!」 「……。」 姉貴から怒られたのはこれが最初で最期だろう。 「先に死んだのは私!命を捨てたのは私!でもすすむも死のうとした、死ぬつもりだった。だから私は謝らない!」 「姉貴……。」 姉は腕で涙をぬぐう。 「……性格は違ったけど、優しいところは私とそっくりだよ、すすむ。やっぱり私たちは双子だね……。」 「……ああ。」 「……最期にもう一回だけ私を呼んで。名前じゃないほうで、私を呼んで。」 「ああ、ごめん、ありがとう、姉貴……。」 ※※※ 翌日、目を覚ますと姉はいなかった。 昨日の夜、姉は消えたのだ。笑顔で。 そして朝になって家に警察が来た。両親(?)は捕まり、俺は保護された。あの生活が終わったのだ。 でも心は晴れない。姉貴が生かしてくれたからといって完全に晴れる訳ではない。 もういないのだ姉貴は。笑ったり、話したり、触れることすら二度と出来ない。 でも俺は生きたい。幸せになりたい。 そして、俺たちの生まれてきた本当の理由も分かった。 姉貴は俺の姉貴に、俺は姉貴の弟になるためだ。 だから姉貴、いや、最高の姉貴…、もう一回だけ言っとくぞ。 俺の姉貴で……。本当に……。ありがとう……。
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