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「い、いろはさん。気を確かに……」
「あちらのテーブルにティラミスを一つ……ッ! 何よもうっ! もうっ、皆して甘いんだから!」
いろはの長くて綺麗な指が、テーブルの呼び出しボタンにかかる。
「いろは!」
私は咄嗟に、テーブルに置き去りにされていた玩具の矢を掴んだ。
いろはの額にぺたん、とゴムの吸盤を着ける。
見目麗しい美人の額に刺さった玩具の矢は、滑稽な烙印であり、罰であり、理屈抜きの祝福や許しにも見えた。
「自由と責任は表裏一体でしょ。もうだめ。そんなに赴くままにピンポンしたら、店員さんにも店にも、お客さんにも、何かいろいろ諸々あっちこっちに超絶迷惑かかるでしょ」
「──はい」
しゅんとした、だけど、どこかほっとした表情で、いろはがテーブルのベルから指を離した。
あっぶね。セーフ。
ピッピッと違う電子音がした。玲奈だ。手元の機械に平然と何かを打ち込んでいる。
「ご注文は以上ですか?」
「ん。玲奈、バイト上がったらアサヒと遊ぶの?」
「そうだよ……って、ついてきちゃだめだからね?」
私はしっしっと手を振って、玲奈を追い払った。
結局、私達のテーブルには、三つのティラミスが集まった。それぞれが、それぞれの分を食べ、最後の一つは分け合った。
店を出る。
少し日が翳って、十二月の冷たい風が、街を駆け抜けていく。
「結局、何してたのかね、私達は」
「苦しい……天音、わたし胸が苦しいわ。喪失感が半端ないわ。どうしたらいいの」
「大袈裟な」
とは言ったものの、いろはは本当に苦しそうだった。
実は私も、ちょっと寂しい。
二人がよい関係を結べたのは嬉しいし、心底幸せになってほしい。
だけど、いろはの言う通り。少しだけほろ苦い。置いてけぼりにされたような、先を越されたような。
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