4 サイゼリヤの中で

4/5

24人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
「い、いろはさん。気を確かに……」 「あちらのテーブルにティラミスを一つ……ッ! 何よもうっ! もうっ、皆して甘いんだから!」 いろはの長くて綺麗な指が、テーブルの呼び出しボタンにかかる。 「いろは!」 私は咄嗟に、テーブルに置き去りにされていた玩具の矢を掴んだ。 いろはの額にぺたん、とゴムの吸盤を着ける。 見目麗しい美人の額に刺さった玩具の矢は、滑稽な烙印であり、罰であり、理屈抜きの祝福や許しにも見えた。 「自由と責任は表裏一体でしょ。もうだめ。そんなに赴くままにピンポンしたら、店員さんにも店にも、お客さんにも、何かいろいろ諸々あっちこっちに超絶迷惑かかるでしょ」 「──はい」 しゅんとした、だけど、どこかほっとした表情で、いろはがテーブルのベルから指を離した。 あっぶね。セーフ。 ピッピッと違う電子音がした。玲奈だ。手元の機械に平然と何かを打ち込んでいる。 「ご注文は以上ですか?」 「ん。玲奈、バイト上がったらアサヒと遊ぶの?」 「そうだよ……って、ついてきちゃだめだからね?」 私はしっしっと手を振って、玲奈を追い払った。 結局、私達のテーブルには、三つのティラミスが集まった。それぞれが、それぞれの分を食べ、最後の一つは分け合った。 店を出る。 少し日が翳って、十二月の冷たい風が、街を駆け抜けていく。 「結局、何してたのかね、私達は」 「苦しい……天音、わたし胸が苦しいわ。喪失感が半端ないわ。どうしたらいいの」 「大袈裟な」 とは言ったものの、いろはは本当に苦しそうだった。 実は私も、ちょっと寂しい。 二人がよい関係を結べたのは嬉しいし、心底幸せになってほしい。 だけど、いろはの言う通り。少しだけほろ苦い。置いてけぼりにされたような、先を越されたような。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

24人が本棚に入れています
本棚に追加