34人が本棚に入れています
本棚に追加
/18ページ
ニケはそんな彼の背を見ていた。どんどん遠くへ行った彼であったが、羽が取れ地上に落ちていった。そして帰らぬ人になっていた。
「ああ……イカロス?」
落ちた彼に村人が集まっていた。ニケは崖の上からこれを見ていた。
「どうして……こんなことに」
「ニケ……」
気がつくと背後に天使が立っていた。その天使はイカロスの顔をしていた。
「イカロス?あなたなの」
「私は……神の使いです」
彼はニケを見つめたまま飛び上がった。彼女は彼の足元にすがった。
「お願い!私も連れて行って」
「さようなら。愛しい人」
彼は無表情で飛んでいった。そして帰らなかった。
やがて時を経て、老婆になったニケは病の床に伏せっていた。夜の寝屋には孫娘が付き添っていた。
「おばあさん。今、薬草を取ってくるからね」
「いいんだよ。私はもうすぐあの人に会えるんだから」
「あの人?」
「そうだよ」
彼女は苦しい息で話し出した。
「いいかい。人は空を飛ぼうなんて思っちゃいけないんだよ。自分の畑を大事にして、そばにいる人を大切にするんだよ」
「おばあさん」
「ああ?やっときてくれたんだね」
孫娘の背後に彼を見たニケの目には涙が溢れてきた。
「愛しい人……私を許して下さいますか?愚かな、この私を」
寝床で腕を伸ばす彼女の歩み寄る天使に孫娘は目を瞬かせていた。
白い彼は彼女を見つめていた。
「まだ天使になりたいですか」
「いいえ。私は人です。あなたの去った後、地に這い泥に塗れて生きてきました」
彼女はシワだらけの手で彼を求めた。
「どうか。どうかお願いします……私を連れて行ってください」
「……」
最初のコメントを投稿しよう!