1 空を飛べたら

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ニケはそんな彼の背を見ていた。どんどん遠くへ行った彼であったが、羽が取れ地上に落ちていった。そして帰らぬ人になっていた。 「ああ……イカロス?」 落ちた彼に村人が集まっていた。ニケは崖の上からこれを見ていた。 「どうして……こんなことに」 「ニケ……」 気がつくと背後に天使が立っていた。その天使はイカロスの顔をしていた。 「イカロス?あなたなの」 「私は……神の使いです」 彼はニケを見つめたまま飛び上がった。彼女は彼の足元にすがった。 「お願い!私も連れて行って」 「さようなら。愛しい人」 彼は無表情で飛んでいった。そして帰らなかった。 やがて時を経て、老婆になったニケは病の床に伏せっていた。夜の寝屋には孫娘が付き添っていた。 「おばあさん。今、薬草を取ってくるからね」 「いいんだよ。私はもうすぐあの人に会えるんだから」 「あの人?」 「そうだよ」 彼女は苦しい息で話し出した。 「いいかい。人は空を飛ぼうなんて思っちゃいけないんだよ。自分の畑を大事にして、そばにいる人を大切にするんだよ」 「おばあさん」 「ああ?やっときてくれたんだね」 孫娘の背後に彼を見たニケの目には涙が溢れてきた。 「愛しい人……私を許して下さいますか?愚かな、この私を」 寝床で腕を伸ばす彼女の歩み寄る天使に孫娘は目を瞬かせていた。 白い彼は彼女を見つめていた。 「まだ天使になりたいですか」 「いいえ。私は人です。あなたの去った後、地に這い泥に塗れて生きてきました」 彼女はシワだらけの手で彼を求めた。 「どうか。どうかお願いします……私を連れて行ってください」 「……」
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