第二章 隻眼のグルー

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 その声は最後までグルーの耳には届かなかった。  グルーがその言葉を聞き終わる間もなく、表情を変えずに短剣を家の主の首に振り下ろしたからだ。血しぶきが広がり家人たちから悲鳴があがる。  しかしそれをものとせず、グルーは血で濡れた短剣を手にしたまま外に出、助け出した患者たちのほうに駆け寄る。そして、こう言い放った。 「俺たちはお前たちを解放しに来た!病の者よ。我々が虐げられる時を終わらせるのだ、一緒に旅立とう、この惨めな暮らしから。そして、そして……我々の国を作るのだ!さぁ、一緒に来るんだ……!」  病の者たちから一斉に歓声が上がる。  主が死んだ家の中では子どもたちが転がるように殺された父親に駆け寄る。女たちは泣き崩れている。  グルーが赤い花の平原を旅立ってから四年。「病の者の群れ」は、村々を襲い、患者たちを助け出し、ひいてはそのものどもを仲間に加え、一群をなすほどに大きくなっていた。  もともと戦闘能力の高さと頭の鋭さを認められていたグルーはその中でも働きを認められ、いまではグルーはその頭領である。  グルーは顔に付いた血をマントで拭うと、夜が明けようとしている空を見つめた。真っ赤な朝焼けが広がりつつある。その赤は、あの平原の花をグルーに思い出させ、懐かしさを呼び起こす。  だが、どっちにしろ、あの平原で生きていたら、今頃は死んでいた自分であっただろう。そう思えば、グルーの現在がどうあれ、それを否定するのは今のグルーにはできぬ算段であった。
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