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1牙を抜かれて
獣と呼ぶ男がすっかり、牙を抜かれるなんてお笑い種かもしれないと、笑っているのは今のうち。
大人をからかうと、けがをするよ。
君は知らない、わがままなのも、自覚しないで生きている。
人のことは言えないけれど、俺だって我慢できないことはある。
呼び出しておいて、もう大丈夫だから戻ってくださいなんて、すごく失礼じゃないか?そのくせ、あいつらとは忙しくても、平気でつるんで、楽しそうにわざと見せつける。
煙たいからやめてほしいと、言われて禁煙もした。
常夜灯の中だけで交わす言葉で、満足している自分が情けなくなる。
触れたい?当たり前じゃないか。大事にするという文言と矛盾していると、君は笑うが、それが人間じゃないのかね。
そんなふうにはぐらかし、遠くへ逝きたがる作家がいたっけ。
富士には月見草が似合うとか、なんとか。
桜桃を忌む、哀しげな男だ。生まれたことを常に悔いているような。
あなたは、悪魔より悪党だ。
悪党なのは、君じゃないか。俺を手のひらでスルスル、クスクスと弄んで。
噛み締めた唇から、鉄臭い味がして、指で拭う。赤黒い液体が、爪に染み込む。
ああ、情けない。情けないったらない。
弄ばれて、寸止めされて、それでも愛しくて仕方ない自分がいる。
弱みってこういう味なのか。
あんまり、味わいたくないもんだ。
また呼び出し。この前はごめんなさい、今日はいかがですか?ご都合はよろしいですか?
ふざけるな、とひとりごちながらも喜ぶ心がふっと笑みを漏らさせる。
俺は、単純なんだな。
君に翻弄されてもなお、こうして、顔が見たいと思ってしまう。
手に入れたくて、仕方がなくて。
真っ暗な中、ようやく見つけ出した月の光。
青白くはかなく、冷たい光。
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