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第一話
パートナー解消を申請した、と昨日告げられた。
一カ月の仲だったな、とミカゲは惜しくもなく思う。今回の相手は特に相性が悪かった、と言っても今までのパートナーで相性が良かった者などいないのだが。
ミカゲにとってパートナー選びは最大の悩みの種だ。パートナーを割り当てるのは師団長や大隊長の権限なので、選ぶという表現は正確ではないが、解消したければ申請すれば認められることが多いのだから、実質選んでいるようなものだろう。ミカゲにはパートナーに求めるどうしても譲れない条件がある。
自分の指示に徹底的に従うこと、だ。
軍人になるような人間で、並の感性を持った者なら、パートナーの言うことに意見も言わず只従えと迫られて愉快になる者はいないだろう。
否、従う者もいたにはいたが、出した指示を遂行するだけの能力が無い。
能力のある者は反発してくる、従う者は使えない。
ミカゲはずっと苛立っていた。
上官には妥協を覚えろと呆れ半分に言われることもある。もう半分は怒りだ。当然だろう。入隊して間もないわけではないが、ベテランというには到底及ばない。選り好みするなど生意気な、ということだ。
パートナー以外とは上手くやれるのだ。人付き合いは苦手ではない。適切な距離で、適度な関係を。
それが、パートナーとなると話が変わる。
午前の基礎訓練が終わり、定時巡回の時刻が近付いている頃、唐突に大隊長から隊員集合の号令が掛かった。二百四十余名がすし詰め状態になる作戦会議室に集められる。ミカゲは中隊長の後ろ、二列目の簡易椅子に着席した。
キール・ミーロフ大隊長が少し高く作られた壇上に立つ。長く第九箒兵大隊隊長を務める歴戦の猛者だ。隊員からは鬼と恐れられている。
ミカゲは彼に睨まれた気がした。
パートナーが解消申請を申し出た先は大隊長たるキールであろう。度重なるミカゲのパートナー替えを良くは思わないであろうし、腹立たしく思っていてもおかしくない。勿論、ミカゲの気のせいである可能性もあるが。
「皆に集まってもらったのは新しく異動してきた下士官を紹介するためだ」
低いが良く通る声でキールが言う。
隊員達は身動ぎ一つしないが、空気が少しざわつく。異動してくるには微妙な時期だ。きりの悪い時期に異動してくる者は大抵の場合前職で何か問題を起こしている。どんな問題児がやって来たのかと皆が警戒するのも無理はない。
「中央アジル師団から異動して来た、コン・ブラーナ軍曹だ。コン軍曹、入りたまえ」
聞き覚えのある語感にミカゲが視線を上げると同時に、入り口の扉から現れ壇上に颯爽と立つ女性下士官の姿が目に入る。良く鍛えられているであろうしなやかな体躯、どことなく幼くも映る素朴な顔立ち、細い目。顎の下辺りで丸く切り揃えられた黒髪。
「アジル区から転属して参りました、コ」
ミカゲは思わず立ち上がる。
「コン!」
思慮無く上げた声に室内全員の目が向けられる。常に無く動揺したミカゲはそのことに意識が向かず、彼女を見つめたまま二の句を継ぐ。
「お前」
「あれまあ」
飄々とした声が応えるが、そこで重く低い声が間に割って入って来たことでミカゲは己の失態を知った。
「ミカゲ・クシードル少尉、着席したまえ」
「……っ、失礼致しました」
即座に着席するが、鬼の視線が痛い。
キールの視線がすぐに外れたのを項垂れた首筋の辺りで感じたミカゲは、またそっと視線を上に戻す。いる。確かに。六年前に去って行った幼馴染。先程自分を見つめ返した目は既に他の将兵達に向けられている。
変わってない。
そんなありがちで感傷的な気持ちが自らの胸に生まれるのをミカゲは不思議な思いで受け止めた。
もう会えないと告げられて別れた日のことは未だに覚えている。そのことにも自分で驚く。
壇上では鬼の大隊長が何やら経緯を説明しているようだが、ミカゲの耳には入っていない。しかし次に彼の口から発せられた言葉ははっきりとミカゲの意識に届いた。
「コン軍曹はひとまずミカゲ班に入ってもらう。パートナーは追って決定する。以上だ」
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