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第35話 全国大会ー田園風景と鳥のさえずり
ピアノに椅子に座り、少しだけ目をつむる。
スポットライトで照らされたこの場所は、目をつむってもオレンジ色が見えるけど、僕はその色が少しずつ若草色に変わっていくのを感じていた。
D durは、これまで黄色のイメージを持っていた。
C durよりも一段明るくて、少し華やかな印象。
だけど、この曲に深く取り組むようになって、それは少しずつ若草色のイメージに変化していった。
ベートーヴェン作曲 ピアノソナタ第15番「田園」は、思えば高校受験前に渡された曲だった。受験が終わったらレッスンを再開したいと伝えた時のはるか先生の笑顔が思い出される。
第1楽章は昨年の8月、本選で演奏して、まるで大海原に漕ぎ出すような自由な表現に『フリーダム田園』と名付けられた。
僕なら出来る、大丈夫。
先生に言われた言葉を復唱するように呟き、演奏を始める。
穏やかな、穏やかな田園風景。
ベートーヴェン自身が名付けたタイトルではないけれども、後世の人がこの曲を「田園」と名付けたのには、やはりそれなりの理由がある。
西ヨーロッパの田園風景。
写真や動画でしか触れたことのない、その風景の中に僕が立つ時、いったいどんな空気が僕をまとうのだろう。
つい、大海原に漕ぎ出すような演奏をした中間部…
はるか先生はもちろん、圭吾さんにも、「一体、どうして…」と言われた。
今思えば、あの大海原は、はるか先生のレッスンスタジオから見える海でもあったんだ。
ピアノを始めてから、先生に手を引かれるように、僕は世界を広げてきた。
これまでもそうだったけど、あの本選からは、そのスピードがさらに速くなり…
ーーー僕は、はるか先生となら、どんな世界にでも行けるかもしれない。
第2楽章に続くと、ロンバルディ教授の音色と重なって自分の音が響いてくるように感じる。
巨匠の奏でる音は絶品だった。
どうやったら、あんな音色が出せるのだろう。
少しでも近づけたら…
大好きになった中間部。僕が伝えた「鳥のさえずり」というイメージに、ロンバルディ教授は「素晴らしい」と言った。そして、まさに小鳥がピアノの上を飛んでいるような音色を目の当たりにし…
そう…僕にもきっと出来る。あの音色。楽しんで弾いたらいいんだ。
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