第1部 高校生活の始まり 第1話 高校合格

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第1部 高校生活の始まり 第1話 高校合格

もう少しで桜が咲きそうだ 3ヶ月ぶりに歩く道は、前回の暗く、どんよりとした空の色とは異なっていた。 3月初め、僕は県立高校に合格し、その翌日にピアノのレッスンを入れた。 思えば、前回この道を通ったのは12月初め。 雨は降っていなかったものの、厚い雲が覆っていた空は、まるで僕の心の中を見透かしているようだった。 しかし今は違う。 久々のピアノのレッスンにワクワクしている、先生は元気かな? 高校合格を祝ってくれるだろうか。 レッスンスタジオにはインターホンを鳴らさずに入る。 前に生徒がいたら、演奏を邪魔してしまうからだ。 しかし今日は前の生徒はいなかったらしく、先生がショパンのノクターンを演奏しているのが聴こえた。 レッスンスタジオの廊下に張り出されている写真を眺めた。 3か月前と変わっている写真はあるだろうか。 そうしていたら、ピアノの音が途切れ、ドアが開いた。 「タケルくん?」 先生がドアからひょこっと顔を出した。 「高校合格おめでとう!元気だった?」 先生は3か月前と変わらない笑顔で、僕に話しかけてきた。 「まぁ…それなりに」 僕はいつも通りというか、話ベタで、受験勉強がめんどくさかったとか、つまらなくて死にそうだったとか、早くピアノが弾きたかったとか、そういうホンネは話せない。 そんな僕の性格が変わっていないのを、すぐに見抜いた先生は、嬉しそうに笑ってくれた。 「あいかわらずのタケル節!!」 廊下の写真は、おそらく1枚だけ増えていた。 「太一くん、全国大会で銀賞とったんだ」 「そうなの、年末も正月もなく猛練習よ。私も元旦以外はレッスンで大変だったけど、いい演奏ができて良かったわ~」 「昨年は全国行けなかったよね」 「そう、君と一緒に予選落ち!」 あはは、と豪快に笑う。 はるか先生は相変わらずサバサバとしていて、きっとそういう所が生徒から慕われているんだと思う。 太一くんは僕よりも5つ下で、小学4年生だ。 お母さんに言わせると、僕を目標に頑張っているらしく、発表会やコンクールで顔を合わせると本人は恥ずかしそうに目を逸らし、お母さんが『普段、どのくらい練習しているの?』などと聞いてくる。 昨年の予選は、僕も太一くんも本番でミスを連発して予選落ちで全国大会には進めなかった。 太一くんは柱の影で大泣きして、先生は肩をポンポンと叩いて励ましてたっけ。 「ね、バッハから弾く?久々にタケルくんのバッハ聴きたいな~」 レッスン室に入りながら、先生は自分のピアノに座って言った。 僕は、受験勉強に集中しなさい、という名目の元、中学3年の11月末までレッスンに 来て、休会に入った。 休会前の最後のレッスンで、高校合格したらレッスンに戻り、6月のコンクールに向けて練習を再開したいと伝えていた。 そこで先生は、僕が得意とするバッハとベートーヴェンの曲を選んで、受験勉強の合間にでも気晴らしに弾いたら、と楽譜を渡してくれていた。 「今日はバッハだけで…」 ベートーヴェンの譜読みはあまり進んでいないから、先生に聴かせてもレッスンにならないだろう。 先生から演奏途中に打ち切られるより、最初から演奏しない方がいい。 「はーい、どうぞ~」 先生はいつも通り、自分のピアノの前に座り、横にあるピアノに座った僕の演奏を聴くスタイルになっていた。 僕とはるか先生は、ピアノを通じて繋がっている。 一緒に音楽を作り上げ、舞台やコンクールで演奏し、結果に喜び涙する。 そんな関係性を、僕はこれからも壊したくないと、この時は思っていた。
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