白と黒の動物

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白と黒の動物

 やあやあ。昼過ぎだっていうのに、きみのコンピュータ・ショップは鳥の鳴き声で騒がしいね。……え、「鳥なんていないだろ」って? なにを言ってるんだい、閑古鳥のことだよ。  にしても、きみも大変だねぇ。こんな最新型のコンピュータ・ボックスなんか買っちゃって。高かっただろう? 何十回ローンだい? それでも、このコンピュータで仕事をすれば、購入費用なんてすぐに回収できると踏んだんだろう。とんだ見込み違いだったね。  いやいや、このコンピュータ・ボックスのことを悪く言ってるんじゃないよ。問題があるのはコンピュータじゃなく、店主であるきみのほうさ。  ……やれやれ。まだ気がついていないのかい。今月に入ってパッタリと客足が途絶えた理由に? まあコンピュータ技師としてはとびきり優秀でも、世情には疎いきみのことだ、仕方ない。三年前の全国コンピュータ技師選手権できみと引き分けたこの僕が、この店にお客が来なくなった理由を教えてあげよう。  いやいや、金は取らないよ。いつもならアドバイス料をいただくところだが、なぁに、ローンの返済で首が回らないきみに期待することは、せいぜい僕の話にちゃんと耳を傾けることくらいさ。  ……さて、先月の終わりに、ミンティア・コリンズ夫人から依頼を受けただろう? そうそう。「夫が遺したコンピュータ・ボックスのデータを誤って消去してしまったので、どうにか復旧できないかしらん」という内容の依頼だ。覚えているね?  言うまでもないことだが、消去してしまったデータの復旧はたいへん難しい。この街でそれができるのは、きみと僕のたった二人しかいないだろう。だが逆に言えば、きみや僕になら夫人の望みを叶えることができた。実際、きみは依頼を受けてデータを復旧したんだろう? それがいけなかったのさ。  実を言うと、夫人はきみのところへ依頼を持ち込む前に、僕の店にも全く同じ依頼を持ってきたんだ。じゃあなぜ、その依頼がきみのところに回ってきたか?  簡単さ、僕が依頼を断ったからだよ。僕は白々しくもこう言った。 「いやあ、申し訳ありませんが、データの復旧は不可能ですね。一度消去してしまったデータを復旧する術はありません。こればかりは、諦めるしかありませんね」  ……なぜそんな嘘をついたのか? それはね、僕には夫人が持ってきた依頼の全貌が、すっかり見えてしまっていたからさ。  順を追って話そう。ミンティア・コリンズ夫人の主人であるニコル・コリンズ氏は、先々月に事故で亡くなった。突然だった。……彼はこの街ではなかなかの有力者でね。その夫人であるミンティア夫人ににらまれてしまっては、商売なんてできやしない。  気付いていたかい? 店先の広場に、いかつい二人組が張り込んでいることに。彼らはこの店にお客が入るのを妨害している。もちろん、ミンティア夫人のさしがねだ。  ……分かる、分かるよ。なぜきみがそんな営業妨害を受けなければならないのか? きみは夫人の要望に応え、消えてしまったデータを見事に復旧したというのに。  きみは、データを復旧させた後、夫人からもう一つ依頼を受けただろう? ……そう、ニコル・コリンズ氏がコンピュータにかけた、パスワード・ロックを外す依頼だ。コンピュータのデータを復旧させると、パスワード・ロックも復旧してしまうからね。  もともと、コンピュータのデータが消去されてしまったのも、そのロックを外すためのパスワードを、夫人が間違えて入力してしまったからなんだ。パスワードを二度間違えて入力したせいで――いや、「間違ったパスワードを二度入力したせいで」――データ消去システムを作動させてしまった。  では、ミンティア夫人はなぜ、間違ったパスワードを二度も入力したのだろう? 当てずっぽうだったのかな? 否。夫人の話によれば、そのコンピュータ・ボックスには一枚のメモが貼られていたそうだ。メモにはこう書かれていた。『ヒント・白と黒の動物』とね。  ……きみはなにが思い浮かんだ? シマウマ? そうだね、夫人もまず『シマウマ』と入力してエラーを出した。そして今度はちょっと考えてから、『パンダ』と入力し、データ消去システムを作動させてしまった。  じゃあ正しいパスワードはいったいなんだったのだろう? 白と黒の動物。牛? ペンギン? シャチ? バクなんてのもいるね。でもそう多くはない。だからこそ人は挑戦してしまうんだ。  ……いいかい。あれはニコル氏にとって、パスワード・ロックであると同時に、データ消去システムでもあったんだよ。  きっと彼のコンピュータには、他人に見られてはマズいデータが入っていたんだろう。だからわざわざ、『見当違いのヒント』を貼りつけておいた。自分以外の人間が宝箱を開けようとしたら、必ず中身が燃やされるように。その宝が誰の目にも触れないように。それをきみはどうした? そうだよな、きみは持ち前のコンピュータ技術をもってパスワード無しにロックを外し、夫人からしかるべき報酬を受け取った。……しかし、どうやらその宝箱の中身は、僕が危惧した通り、夫人にとって好ましくないものばかりだったようだ。  だからこの店への営業妨害は、いわば八つ当たりみたいなものさ。なんせ、本来ミンティア夫人から非難を受けるべきニコル氏は、すでに他界してしまっているんだからね。行き場を失った怒りは、宝箱を開けた技術者――つまりはきみに向けられる。  さあ、理解できたかな? 自分がなにをしてしまったか? まあ、落ち着きたまえよ。ここで僕から、一つ提案があるんだ。  こんなクソみたいな街を出て、二人で新しくコンピュータ・ショップを始めないか?  なにを隠そう、僕もきみと同じ最新型を、ローンで購入してしまってね。……そうそう、その通り。お察しの通り、ミンティア夫人の要望に応えられなかった僕の店も、きみのこの店と同じように、営業妨害を受けているのさ……。
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