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「ミルクたっぷりのコーヒーに生姜、その上に、炭酸ですか」
突っ込む間もなく、照明チーフはグラスを掲げて、
「県大会出場! かんぱーい!」
「か、乾杯!」
カチリ、とプラスチックのグラスがぶつかる音が響いた。
「きゃーーー、まずーーーい!」
「……こっちは、ふわふわミルクのあと、苦さの後に喉を焼くような炭酸の味がします……」
当然、カプチーノジンジャーエール炭酸強め、は奇跡を起こさなかった。
一方、まずいと言いながらはしゃぐ先輩の手には、オレンジ色が濁ってくすんだ液体のグラスから湯気が出ている。
「先輩、それは」
「野菜ジュースとレモンティーとホット煎茶」
「成分はビタミンCで同じなのに、ですね」
「美容にいいと思ったんだけどなぁ」
やっぱり美人は気遣ってるんですね。というか、間違った美容法だと教えてあげたい。
「お、キーマ。コーヒーが泡たってるよ?」
「部長! お疲れ様です」
今回の舞台の主役かつ座長、そして部長がおもむろに私の席にやってきた。
刑務所を脱出しようとする男性囚人という主役を、最後には狙撃されて死ぬという役柄を演じきったとは思えない。
背が高くてサラサラな前髪の部長は、爽やかで落ち着いた声で話しかけてくる。舞台では瀕死間際に、迫真の演技で苦悶の悲鳴をあげていたのに。
私の手にするグラスを見ると、
「ミル。お前、キーマに変なのあげただろ」
「それなら私のやつ最強だよ? 飲む?」
照明チーフこと、ミル先輩(本名が留実さん)が部長に絡みだす。
美男美女で仲良しの二人は、高1生の間で『絶対付き合ってる』と噂が立っている。けれど、本人達は断固否定している。
「ごめんね、キーマ。こいつとだと照明やりづらかっただろ?」
「あ、ひどーーーい! 私親切に教えてあげたもん」
「いや、だったら稽古の度に、気に入らなくてカット入れる癖、直そう、な」
優しく注意する部長は、だよね? と私の方を見て困った風にはにかんだ。
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