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帰ってきた教会は、何日も空けていたかのような懐かしさを感じた。実際は半日も離れていないというのにーー。
地上に降り立ったクルスはイルテから離れ、うんっと腕を伸ばして欠伸をした。
「少し仮眠を取ろうか。イルテも疲れただろう?」
クルスの何てことのない会話に、イルテの胸は疼き、こそばゆくて落ち着かなかった。
返事の無いイルテが気になり、クルスは「イルテ?」と再度、名前を呼ぶ。
クルスはイルテの過去を知っても、イルテをイルテと呼ぶ。
彼にとって、イルテは“ステラ”と言う名の男娼ではなく孤児の小間使いのイルテなのだろう。
過去を知ることは大事だ。だけど、過去に囚われてはいけない。その事をイルテはクルスに教わった気がした。
「クルスさん」
「何だい?」
「一休みしたら、玉ねぎと卵がたっぷり入ったサンドイッチを作りますね」
イルテの言葉にクルスは嬉しそうに両の手の平を合わせて笑った。
「うん、是非! 起きるのが楽しみになったよ」
喜ぶクルスを眺めながら、イルテは思った。
恐らくクルスはイルテが、クルスの元を去ることも想定していただろう。
自分は吸血鬼で、化け物だから自分の元から去って良いと言った。
けど、イルテはここ(教会)に残ることを決めた。それがクルスにとってどれだけ嬉しいことだったか、イルテは知らない。
クルスは教会の扉に手を伸ばし、思い出したかのように振り返り笑みを深めた。
「お帰り、イルテ」
「……ただいま、クルスさん」
暴食祭司と癒しの歌姫の生活は、ここから始まった。
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