暴食祭司と癒しの歌姫

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 食べる物が欲しかった。  理由はただそれだけだ。活気ある商店街の露店に並ぶ食べ物は、通行人たちの鼻孔を刺激し舌を滴らす。焼いた肉、干された魚、新鮮な野菜や果物。半銅貨一枚あれば固いパンと固い干し肉が買える。だが、今の自分は無一文。二日前から何も食べていない。  空腹で頭がどうにかなりそうな頭痛と刺激される匂いに後押しされて、食べ物が並ぶ露店に手を伸ばした。 「盗人だあぁーーーーーっ!」  計画性も何もない盗みはあっという間に露見され、複数人の大人に袋叩きにされた。パン屋の伸ばし棒で殴られ、鉄の入った靴で蹴られ、農具を扱う固い拳で歯を折られて血を吐く。  朦朧とする意識の底から湧き上がってくるのは憎悪よりも無気力。 (もう、どうにでもなれ……)  このまま殴られ続けての垂れ死ぬのも良い。“あの地獄”に戻されるくらいならばーー。  目を閉じて覚悟を決めた時だった。 「すみません、止めていただけませんか?」  凛と鈴のなるような綺麗な声が辺りに響き渡った。しゃらしゃらと金具が擦れ、ゆっくりと近付いてくるその人は純白のローブに身を包み、顔上半分を隠すような銀の仮面を付けていた。 「祭司様!」 「暴力はいけません」 「しかしですね、このクソガキは店のモンを盗む不逞なガキでして……」 「ならば私が代金を支払います。ついでにこの子を頂けませんか?」 「は?」 「丁度、若いこの手が欲しかったところなのです。……ここは商店街なのでしょう?」  さらりと凄いことを言ってのける祭司に呆然としていると、店主は「へ、へぇ、まぁそうですが」と歯切れ悪そうに肯定し、売買されてしまった。  祭司が払ったのは銀貨二枚と銅貨一枚。盗んだ商品は半銅貨一枚にも満たないから、実質銀貨二枚と半銅貨一枚で売買されたことになる。 「では、行きましょうか。あなたの名前は?」 「………」 「では“イルテ”と呼ばせてください。月のように美しいあなたにぴったりな名前です」  答えないでいると祭司は“イルテ”と名付けてくれた。小汚い自分には分不相応なほど綺麗な名前をくれた。  気味が悪いと言われ続けた銀色の髪と碧色の瞳が生まれて初めて認められた瞬間だった。
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