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迂闊だった。
ここ数週間、穏やかな生活に慣れきってしまっていた自分が憎い。
畑を囲う柵に寄りかかりぼんやりクルスを待っていたら、背後から睡眠薬の薬を嗅がせられ、気が付けばこの様だ。
両手両足はキツく縛られ、猿轡を填められ、更には麻袋に入れられ馬車の荷台に転がされている。外の様子が分からなくとも、揺れる床と時々聴こえる馬の嘶きで分かったことだ。
後は何も分からない。どんな人物が自分を浚い、どこへ向かっているのかなんてーー。
(いや、どこへ行くかなんて分かるに決まっているでしょう)
自身の現実逃避に呆れながらも、イルテは固く目を閉じた。
恐らく、連中はイルテが逃げ出した場所の者に頼まれて、イルテを探しにここまでやって来たのだ。そう考えると、イルテはこのまま元居た場所に戻されることになるだろう。連中はイルテを決して逃がしたりしないのだからーー。
(気を失ってから、どれだけ時間が経ったのか。……流石のクルスさんもここまでは迎えに来れないでしょうね)
自嘲しながら口角を上げた。思い出すのはクルスといた日々だ。彼と共に過ごした僅かな時間はイルテの人生の中では一番、人間らしく充実していた。
クルスにとってのイルテは気紛れで購入した盗人だったが、イルテにとってのクルスは恩人であり憩いの存在だったと思う。
共にいられて幸せだった。きっとクルスはイルテがいなくなっても、一人暮らしをしていた頃に戻るだけで、一人でもやっていけるだろう。少しだけ料理に関しては心配だが、きっとあの町の人から助けられながら過ごしていくはずだ。
(すみません、クルスさん。不義理な人間で……)
イルテは届くことのない謝罪を口の中で呟き、神に祈る様にクルスのことを幸先を願った。
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