暴食祭司と癒しの歌姫

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「ぎゃあっ!」  横長の悲鳴が洞穴内まで響いて聴こえる。前準備をしていたガタイの良い男は舌打ちをして、身体を起こした。 「おい、どうした!」  横長からの返事はなく、シンと静まり返ったままだ。 「おい、おま……」 「迎えに来たよ、イルテ」 「!?」  ガタイのいい男が洞穴の入り口の方へ歩き出した時、イルテの目の前にクルスが現れていた。  こんな奇跡があっていいのだろうか。  呆然とするイルテに、クルスは戸惑いながらイルテの破かれた服に視線を落としていた。 「あ~~、やっぱり古着は破れやすくて駄目だね。今度は町で新しいのを買ってあげよう」  そういう問題ではないのだが、クルスの中では古着だから破れてしまったという公式ができている。やはり、天然なのか馬鹿なのか考えさせられる人だ。 「おい、てめぇ!」 「おや? あなたは誰かな」 「誰かじゃねえ! 俺は傭兵兼何でも屋だ! 依頼主の要望でそいつを連れ戻すんだよ! さっさとそこをどけ」 「断る」 「はあ?」 「彼の所有権は私にあるからね。あなたに渡すことはしないよ」 「所有者って、意味分かんねえよ! そいつはなあ、男娼なんだよ! まだ納期も終わっていない癖に遊郭から逃げ出した極悪人だ! てめえみたいな人間の所有物なんかじゃ……」 「その後、彼は盗人になり、パン屋の主人から暴行を受けていたところを、私が処遇を決めるべきパン屋の主人から彼を買い取ったんだ。だから、彼は私のもの」 「んな屁理屈、通るわけねーだろ!」 「しかし、私がいなければ彼は既に死んでいた。あなたたちは死体を雇い主の元に運ぶはずだったんだよ? 確かに今、彼は生きているけど、それは私の所有物だからだ。だからあなたたちなんかには渡せない、渡す必要もないしね」  サラリとイルテを物扱いするクルスに、イルテの心は僅かに痛んだが事実なので仕方がない。ガタイのいい男はイルテとクルスを交互に見て、小さく舌打ちして肩を竦める。 「わーーったよ、てめぇの良い値で買い取ってやらぁ。で、いくらだ?」 「ふむ、お金に換算するなら金貨1000枚になるね」 「はあっ? 意味分かんねえ! 俺が雇われた数百倍じぇねえかよ」 「あなたがいくら貰って雇われたのかは知らないけど、私にとって彼はそれほどの値打ちがあるからね。払えないなら交渉は不成立。雇い主には彼は死んだことにしておいてくれないかな」 「……っ、さっきからペラペラペラペラ都合の良いことばかり言いやがって!」  ガタイのいい男はズボンの中に手を突っ込むと黒い鉄の塊を取り出した。 「!? ―――――っ!」  ガタイのいい男の持つ“ソレ”に気が付いたイルテは叫んで知らせようとしたが、猿轡のせいで声が出ず伝えられなかった。 (クルスさん、逃げて!)  イルテの心の叫びも空しく、洞穴に轟音が響き渡った。 ――――ドオオオォォォォォオォン  反響する発砲音はさながら大砲のような重音を持っていた。両手で耳を塞ぎ、音に耐えたイルテがゆっくりと目を開くと、祭司の白いローブの中心部分が赤く染まり、仰向けに倒れるクルスの姿があった。 「………ぁ」  先端が長い鉄の塊を持ったガタイのいい男は、満面の笑みを浮かべて高笑いした。 「はーーーーはっはっは! ざまぁねえな、欲なんか出さなけりゃあ死ぬことなんかなかったのによ」  ガタイのいい男はクルスの左肩を蹴っ飛ばすが、クルスはピクリとも動かない。 「そういやあ、兄ちゃん。不気味な仮面付けてんなぁ、そのツラ拝ませて貰おうか?」  ガタイのいい男はクルスに手を伸ばし、その仮面を剥いだーーーー。
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