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「がっ!?」
仮面が外された瞬間、ガタイのいい男の身体が弾かれるように横に飛んだ。何が起こったのか分からず、瞬きを繰り返すイルテの瞳に、ゆっくりと立ち上がるクルスの姿が写り込む。
栗色の短い髪に、化粧の紅よりも赤く美しい瞳。首元には汚れた白いローブがたなびいていた。
(クルスさん、吸血鬼だったんですか……)
幼い子供の寝物語に出てくる人を襲う化け物。その中でも人型に近い吸血鬼は、夜な夜な、町一番の美女を拐っては陵辱の限りを尽くし身も心も食らうと言われている。吸血鬼と人の見分け方は瞳の色しかなく、それ以外の特徴は全て人間そのものだと言われている。
身体能力は人間の数百倍はあり、まともに戦っても勝てないと言われているが、そんな奴らにも弱点はちゃんとある。吸血鬼は日光と、銀、ニンニクがダメと言われている。
そのため、吸血鬼の出そうな満月の夜は軒下にニンニクを、玄関先には銀の十字架を飾ると良いと言われている。
(けど、クルスさんはニンニクたっぷりの羊肉のソテーが好きだし、昼間に畑仕事やったり、町にふらつきに出かけたり、何よりも銀の十字架のある教会で寝泊まりしている)
吸血鬼の特徴を全否定するようなクルスの行動に、彼の正体が実は吸血鬼だったなんて気付くわけがない。困惑するイルテを見て、クルスは目を細めて口元に笑みを浮かべた。
「もう少しだけ待っててね。彼らには二度と君を襲わないと約束して貰わないといけないからね」
クルスはえずくガタイのいい男の前に立ち、再び足を振るい、頬を蹴り飛ばした。
「がっ―――!」
「悪いけど、あなたが私との約束を確約してくれない限り、私の足は止まらないよ?」
「な、でべぇ……」
口から血を流し、折れた歯を吐き捨てるガタイのいい男に向かって、クルスは蹴りを放ち、止められる。
「!」
「ふんっ、づがんじまえば、ぞれでおばびっ……!」
クルスは掴まれていない方の足を跳躍し、身体を反転させながらガタイのいい男の横っ面を蹴り飛ばし、身体の自由を取り戻す。
「昔は人狩りをしていたからね。人との戦いには慣れているつもりだよ? 私を殺すために軍隊を派遣させたこともあったけど、この通り、私は今もピンピンしてる」
クルスはむんっと、服の裾をズラシて細い右腕を晒すが、どうみても華奢で強さの欠片も見当たらない。
ガタイのいい男は身体を痙攣させ動かなくなった。
「……おや? 気絶してしまったのかな。けど、まだ交渉の途中だし、もう少し起きていてもらわないと」
クルスがゆっくりとガタイのいい男に手を伸ばした。
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