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「や、やめてくだせぇ! 勘弁して下せぇ旦那!」
声を張り上げたのは、覚束ない足取りで近付いてくる左頬を赤紫色に腫れ上がらせた横長の男だった。
「起きたんだね?」
クルスが横長の男に笑みを浮かべると、横長の男は目に一杯涙を湛えてその場に蹲った。
「どうか、どうか、おねげえします! もう二度と、その餓鬼に関わりません! 雇い主には死んだことを報告します! ですから、これ以上は許してくだせぇ、勘弁してくだせぇ、どうか、どうか、なにとぞ、なにとぞおおおおぉぉぉぉぉぉ」
おいおいと泣き出す横長の男に、クルスはどうするのかと伺うと、クルスは笑みを浮かべて横長の男の前に立った。
「それは、私とあなたたちの間に繋がれる『約束』でいいのかな?」
「へぇ! もちろんです!」
豪語する横長の男の首元にクルスは指先を軽く触れて離れた。そしてガタイのいい男にも似たようなことをする。
「……よし。それじゃあ、帰ろうか」
クルスは、用事は全て終わったと言わんばかりの笑みを浮かべて、途中で仮面を拾いイルテの側へ行く。
イルテの猿轡を外し、自分の着ていた白いローブをイルテに被せた。
ローブを着ていないクルスの下の服装は、黒い長袖のシャツと黒いズボン、胸元には赤い宝石が填まった銀の十字架が掛けられている。
「あの、クルスさん」
「話しは後だ、まずはここを出よう」
クルスはイルテの手を引き、洞穴を出る。
満天の星空が目の前一杯に広がり、思わず感嘆の言葉を吐いた。
「夜は早くに寝るから、こんな星空を見ることはあまりないから圧巻だね」
「そう、ですね」
言葉を濁すイルテに、クルスは笑みを浮かべたまま腕を引き、横抱きにする。
「は?」
「口を閉じて。慣れるまでは歯を食いしばった方がいいよ」
「え、あ、な、クルスさん!?」
クルスの背中に大きな黒い翼が生える。何度か大きく上下する翼はゆっくりとだが、クルスとイルテを地上から引き離し、――――一気に加速した。
「うあああああああああああ!?」
「あははは、空は初めてかい?」
「は、初めてじゃない人っているんですか!」
「そうだね……、少なくとも私は初めてじゃあないね」
「でしょうね!」
「軌道に乗ったら安定するから、それまでは口を閉じていなさい。下手をしたら舌を噛んで死んでしまうよ?」
比喩でも冗談でもなさそうな言葉に、イルテは素直に口を閉じて黙り込んだ。それを見てクルスは「ははっ」と笑い声を立てた。
何が面白いのだろう。イルテは不満を隠そうともせず、唇を尖らせ、クルスの言う軌道が安定するのをひたすらに待った。
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