その後の雄っぱいもとい瞬兄 6

1/1
前へ
/24ページ
次へ

その後の雄っぱいもとい瞬兄 6

 柔らかな寝息を立てる紗名はこちらの胸の内に潜り込んでいる。  いつも自然とこうして潜り込んで来るのだ。胸の辺りに頬を、そして手まで寄せている様子を見ると、無意識の内に筋肉を探り当て堪能しているのではないかと思う。  でもまぁ、こうしてひっついてくれるのは嬉しい。  筋肉が撒き餌になっている気はしなくもないが、嫌いなヤツの腕の中で安眠はできないだろうから。  空腹を微かに覚えたが、我慢できなくはなかった。  起こすのは忍びない。それにこのままこの寝顔を眺めていたい。 「正直、毎日眺めたいとこではあるが……」  同棲、という言葉が過ることがある。幸運なことに、今オレが住んでいるマンションと、紗名のこのアパートはそう離れていない。  新社会人は給与もまだそんなに出ないから、暮らしは楽ではないだろう。一緒に暮らせば、紗名も楽になるのではないだろうか。オレも、今日も危ない目に遭わずにちゃんと家に帰れただろうかとか、食事はちゃんと摂っただろうかとか、メンタルは大丈夫だろうかとか、そういう心配が減る。  でも、付き合い始めて半年ちょっと。  始まりが始まりだったし、急に詰め過ぎだろうか。世の男女はどれくらいで同棲を始めるのが自然なんだ。 「まずは、合鍵くらいからか……」  正直、不安がない訳ではない。会社、趣味、これからまだまだいくらでも紗名には出会いがあるだろう。世の中にオレより良い男はいくらでもいる。  それに、仕事の問題もあった。多分、そのうちまた海外に出ることもあるだろう。今はあちこちで新工場の計画や、既存工場に生産ラインを増設する予定だってある。  本格的な遠距離になったとして、紗名はそれに耐えてくれるだろうか。 「んん……」  腕の中で、紗名がもごもご言う。 「瞬兄のだいきょーきん……」 「ぶはっ」  寝言が実に紗名らしい。シリアスな気持ちが吹き飛んでしまった。 「紗名」  起こさないようにそっとその頭を撫でる。 「まぁ不確定なことをあれこれ考えるより」  今目の前にあるものと、これまで積み重ねて来たものを大事にするべきだ。  それが結局、物事を上手く続ける秘訣だろう。  取り敢えず、目下必要なのは明日の朝、必要な日課の運動をこなしてこの身体を維持することと。 「紗名、好きだ」  明日も変わらずこの可愛い彼女を愛でること。これに尽きる。
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!

188人が本棚に入れています
本棚に追加