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迂闊な合法おさわり 1
「――――瞬兄、なんだよね」
一人残されたリビングで、声に出して呟いてみる。
やっぱりちょっと信じられない。見た目が変わり過ぎている。
大きな手が触れた、頭に触れてみる。覚えのある動作だった。
昔が母が夜勤で父の帰りも遅い時は高遠家にお世話になったことも多かったのだ。それこそ幼稚園の頃から、中学生くらいまではお隣に入り浸っていた。
私も瞬兄も一人っ子だったけど、お互いそんな感じで一緒にいることも多かったから、半分本当の兄妹みたいだった。兄のように慕っていたし、瞬兄だって妹みたいに可愛がってくれた。褒める時も窘める時も、瞬兄はあぁやってよく頭をぽんぽんってしたものだ。
「そう、それに面倒見がいいところは瞬兄そのもの」
心配性で、一度気にかけた人間は放っておけなくて、だから本当は友達とかと存分に遊びたいこともあっただろうに、本当によく私に付き合ってくれた。
遊びも勉強もごはんも、寂しい夜の添い寝だって。
「あの優しさに形を与えたみたいな瞬兄が、力強い筋肉男子に……いや、素晴らしい筋肉がこの世にまた一人増えたことは喜ばしいけど」
お察しだと思うが、私はどちらかと言うと筋肉フェチだ。細身でスラっとしたハンサムより、がっちりした体格のナイスガイが好みです。
そういう観点から言うと、瞬兄の筋肉は実に私好みで、びっくりはしたけど素敵な変化だとも思う。思いはする。
「でも頭の中のイメージとかけ離れ過ぎてて、脳が混乱したまんまなんだけど」
話していても視覚情報が邪魔をして、本当に瞬兄と喋ってるのかどうか分からなくなってしまう。やっぱり別の誰かなんじゃないかって。
「瞬兄に一体何があったんだろ……急に筋肉の素晴らしさに目覚めたとか……?」
でも別に自分の筋肉美を誇示するような感じじゃなかった。
私は確かに筋肉は好きだけど、好みの筋肉があるし、あんまり自分の筋肉が好き過ぎてナルシズムが濃い人はちょっと苦手だ。そういう人は、相対してるとすぐ分かるものだけど、瞬兄からは筋肉への余計な自意識を感じなかった。筋肉と自分との距離感が付かず離れずでいい感じなんだなって。
「何かなぁ……仕事で必要に迫られて?」
確か海外の工場の立ち上げがあるからって、ヨーロッパの方に行っていたのだ。でも実際の工事をする人って訳じゃなくて、設備調達とか物流とか、現地との法令なんかとの調整とか、そういうことをする仕事だっておばさんから聞いていた。
「まぁ体力はあるに越したことないけど。何か、スポーツでも始めたのかな」
あるいは例えばお付き合いしている彼女さんがいて、その人の好みだとか。
「ある……かも」
割と一途なタイプに見えるし。どっちかと言うと、合わせられるところは人に合わせてくれちゃうタイプだし。
「うわー、そういう可能性も無きにしも非ずっぷし! やだ、またくしゃみ」
風邪だったらやだな。ちょっと冷えただけだよね。
コーヒーでも淹れて、温まろう。
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