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迂闊な合法おさわり 2
時計を見て、二杯分にしようと決める。
今から淹れればきっといい具合にぬるくなったコーヒーができるはず。瞬兄は猫舌だ。
そーっとそーっと動けば、足の痛みはやり過ごせた。やっぱりちょっとした捻挫で、骨とかには問題がないと思う。
「砂糖、砂糖、どれくらいだっけ」
確か一杯半?
でも大人になるにつれ好みも変わってるかも。今はもう無糖ブラックとかかもしれない。
そう思いつつも、マグカップには記憶にある一杯半を投げ込んだ。
そうして、自分は熱々のコーヒーを飲みながら待っていると、暫くして鍵を開ける音がする。ちなみに玄関まで歩かせるのが不安だから鍵を貸してくれと言われて素直に貸したら、それも注意された。
“少しは躊躇ってもいいんじゃないか。合鍵作られるとか、警戒しないのか?”
“貸してって言ったの瞬兄じゃん。貸すのは瞬兄を信頼してるからだよ”
そう、これまでの信頼の実績があるからだ。迂闊と言われたらその通りかもしれないけど、瞬兄は私にとって疑ってかかる相手じゃない。
こういうところが駄目なのかな。犯罪ひしめく現代では身近な人でも疑ってかかるべきなのかもしれない。理屈は分かる。
「おかえりー」
「ただいま」
走ってきたりしたのだろうか。それとも単に寒さだろうか。頬が上気している。
早い帰りだった。この短時間、合鍵を作れるはずもない。もちろん言われたことを真に受けて疑ってたって訳じゃないけど。
「って紗名ちゃん、何でじっとしてないんだ」
「だって寒かったんだもん。そっと動いたから大丈夫だよ。瞬兄の分もあるよ、いい温度になってるよ」
手つかずのマグカップを手に取って立ち上がる。正直、何にも考えてなかった。
考えてなかったって言うのは、自分が足を痛めてることがすっかり頭から抜けてたってことだ。
「いっ」
「わぁ! 言わんこっちゃない!」
前のめる身体。咄嗟に空いてる手でダイニングテーブルを掴む。でも自然と前に出ていた手にはマグカップ。
受け止めようと駆け付けてくれていた瞬兄。結果は言わずもがな。
「ひぃ、やだ、ごめんごめんごめん熱くない!? どうしよ、ヤケド……!」
「大丈夫大丈夫、そんな熱くないから」
「で、でもでも服が!」
上着を脱いでくれてたのは不幸中の幸いだ。でもシャツが思いっきり茶色に染まってる。
ドジで怪我したのを助けてに来てもらって、運んでもらって、わざわざ寒い中湿布まで買いに行ってくれたその人に、最終的にコーヒーぶちまけるとか。
――――控え目に言って、私、めちゃくちゃ面倒な人間だ。
「紗名ちゃん、洗えばいいだけだから。それより足」
「私の足は大したこと」
と言ったのに、何故かまたお姫様抱っこされてソファに戻される。
「頼むから、次はここでじっとしてて」
小さい子に言い聞かせるみたいに言われて、瞬兄はさっと床を拭くと洗面所借りるねとリビングを出て行った。
「何やってるの……ダメダメじゃん……」
申し訳ない。ポンコツすぎる。久々の再会なのに、こんな情けないとこばっか見せていて恥ずかしい。
「紗名ちゃん」
「はいっ!」
一人反省会を開いていると、背後から声を掛けられる。
「ひょえ」
振り返って、私はフリーズした。
だってそこにけしからん上半身が剥き出しになっていたから。
「ごめん、こんな格好で」
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