メロンソーダが好きなタヌキ

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メロンソーダが好きなタヌキ

 仕事から帰りテレビを点けてみると、暗い顔をしたタヌキのアニメがやっていた。画面右上に『メロンソーダが好きなタヌキ』なるテロップが表示されている。……メロンソーダが好きなタヌキ?  帰りがけに買った缶ビールを冷蔵庫に入れるのも忘れ、俺はぼんやりとテレビを眺める。セリフがないし、おそらくショートアニメだろう。タヌキは無言のまま、排気のキツそうな現代社会をとてとてと歩いていく。……歩いている。二足歩行で。  それにしてもこのタヌキ、なぜこう、うつむいたまま歩くのだ? そんなに地面が気になるなら、二足歩行なんてやめてしまえ。そう思ってイスに座ると、テレビの中のタヌキは、あろうことかゲームセンターに入っていった。ゲームセンター? この陰気そうなタヌキが、ゲーセンで楽しく遊ぶというのか。  タヌキの身長は背景的な人間たちの膝くらいまであったが、その身長ではクレーンゲームをはじめ多くのゲーム台に手が届かない。……手というか、前足か。  これぞゲーセンという感じのけたたましいBGMの中、ゲームにいそしむ人間たちの足下を、タヌキはとてとてという効果音を本当に鳴らしながら、真っ直ぐに通り抜けていく。そしてメダルゲームコーナーへ入ると、辺りをきょろきょろ見回した後、ゲーム台の下へと潜っていった。なにをしているのだ、こいつは? 俺はテーブルに頬杖をつき、タヌキが消えていったゲーム台を見つめる。  ほどなくして、床とゲーム台との間からタヌキが顔を出した。その体をほこりにまみれさせながらも、タヌキはどこか満足げだ。タヌキは一枚のメダルを口にくわえていた。  なるほど、その拾ったメダルでゲームをするのだな。と、俺はそう思ったのだけれど、テレビの中のタヌキはメダルを口にくわえたまま、メダルゲームコーナーを出ていってしまった。どこへ行くのだ? ……自販機の前だった。  ああそうか、それで『メロンソーダが好きなタヌキ』か。こいつはメロンソーダが飲みたいんだな。  タヌキは自販機の前で何度も飛び跳ね、どうにか投入口にメダルを入れた。しかし当然、そのメダルはころりんと釣り銭口に戻ってくる。タヌキは首を傾げたものの、汗をかくアニメ的効果を伴い、懸命に跳躍を続ける。……フェードアウト。  場面転換。河川敷では人間たちが夏祭りを楽しんでいた。出店の放つ光が天の川みたいに浮かび上がり、タヌキはそんな景色を堤防から見下ろしている。そこでアニメ的なフキダシがタヌキの右上にもくもくと出現。フキダシの中のタヌキは、河川敷のベンチに腰かけ、缶のメロンソーダをぐびぐびと飲んでいる。嘘みたいに幸せそうな顔だ。タヌキはフキダシの内容を実現するため、さっそく行動に移った。  タヌキはまず、寝た。河川敷のベンチの下に潜り込み、すやすやと眠った。なんで寝るんだよ? 俺はまたしてもテレビの内容にケチをつけながら、リモコンを取って音量を二つ上げた。するとちょうど、ぱんぱんぱん、ぱぱぱぱぱ、と大きな音がしたので、音量をそこから一つ下げる。  画面はタヌキからズームアウトされ、夜空に咲く大輪の花火を映し出していた。  ……タヌキ、まぬけなやつめ。祭りの一番良いところを見逃すとは。  花火が終わると、背景的な人間たちの話し声が消え、代わりに虫の鳴く声が耳につくようになる。天の川のようだった河川敷もすっかり片付けが終わり、備えつけのベンチが河川敷のキリトリ線みたいに設置されているのが目についた。  そしてその周囲を、目覚めたばかりのタヌキが一匹、とてとて歩き回っている。  そのうつむいた歩き方はどうにかならないのか? それとも地面になにか落ちているのかよ。……落ちていた。人間たちが落とした小銭を、タヌキは一生懸命に探していたのだ。  やがてタヌキの手のひら――もとい前足に、いくらかの小銭が集まった。いくらだ? きっかり130円分。これでメロンソーダが買える!  タヌキはまた、自販機に向かい跳躍を始める。作画は一見、使い回しのようだったが、今回は投入口に硬貨が放り込まれるたび、110円、120円と、投入済みの額がカウントされていく。  ――130円! タヌキはまるでカジノのスロットが大当たりしたみたいに喜んで、……ラストジャンプ! まさか間違って無糖コーヒーのボタンを押すとかじゃないだろうな? 不安がよぎったものの、タヌキはしっかりとメロンソーダのボタンを押した。……が、缶はいっこうに落ちてこない。  ん、なんで? ちょうど俺の疑問に応えるかのように、自販機の価格の部分が大写しになる。  150円。  ……えっ? 缶ジュースが、150円? なんで? わけ分からん。誰だよ、こんな意味不明なアニメ作ったのは?  その答えは、ナレーターの快活な声によって読み上げられた。 『STOP増税! 国友党です。』
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