あくい、あくい。

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あくい、あくい。

 クラスのみんなは大嫌いであるようだが、私はテストというものが結構好きだ。  何故ならテストがある日は、その分授業をしなくていい。テストの回答を全部記入したら、終わるまでの時間はそれこそ眠っていても机に落書きをしていても叱られない。なんなら、テスト用紙の裏にこっそり絵を描いていても黙認されることを私は知っている。きちんと名前と回答を書いてあって、それがほぼ全問正解なら。先生もどうこう言ってこない、ということを私は経験上よく知っているのだ。  小学校のテストは退屈で、同じだけありがたい。私にとってはつまらない授業をずーっと座って聞いていなければいけない方が苦痛なのだから。塾でずっと先の範囲までしっかり勉強している私にとって、学校の授業というのはいわゆる“ヌルゲー”というやつだった。特に算数のテストなんて、欠伸をしながらだって余裕でできてしまう。塾は嫌いだけど、学校で楽ができるという意味では大助かりだなと思う。 ――あー、あと五分かあ。  テスト終了まで、残り五分。私は眠い目をこすりながら、チャイムが鳴るまでこの時間が続けばいいのになと思う。先生も、授業時間いっぱいテストで使ってくれればいいものを。何故中途半端に二十分だけ時間を残そうだなんてするのか。おかげで、いつものように終了時間いっぱいまで眠っているということができない。仕方なく、私は机のはしっこにこっそり落書きをし始める。勿論、後できちんと消すつもりで、だ。  小学校の木と鉄でできた机は、ものを乗せる木造部分がつるつるにコーティングされている。これが、存外落書きするのに適しているのだ。茶色なので少し見づらいが、シャープペンでかりかりとお絵かきをするのも消すのもとても簡単にできる。  私は目がキラキラで私と同じポニーテールの女の子と、同じく目がキラキラでイケメンな男の子が並んでいる絵を描いた。その上にはこっそり相合傘を追加する。当然その傘の下に、私と“あの子”の名前を書いて。  あの子――アキト君。クラスで一番カッコ良くて人気者、私が片思いをしている相手。  みんなとお喋りするのも得意ではないし、クラスでけして可愛い方ではない私は、なかなか話しかけることもできずにいるのだけれど。アキト君と彼氏彼女の関係になることができたら、きっと毎日楽しいだろうなと思うのである。私だって、女の子だ。少女漫画のような恋がしたい気持ちはある。手を繋いで歩いたり、ちょっとお洒落なカフェで一緒にドリンクを飲んだり、もう少し大きくなったら水族館デートとかもしてみたい。最終的にはキスとかも――なんてことを想像するだけで、恥ずかしくて頬が熱くなるけれど。 ――無理だよね。アキト君のこと、好きな女の子なんかいっぱいいるし。私、コミュ障ってやつなんだろうし。  けして現実にならないとわかっているからこそ、見ていたい夢もあるのである。  私は現実よりずっと美少女になった“私”と、現実ではけして私に笑いかけてくれないであろうアキト君の笑顔を描きながら、一人ため息をついた。  五分後、先生が終了の声かけをして、テストは終わった。ギリギリまで熱中してしまった私は、落書きを消すのが間に合わず、慌てて筆箱でそれを隠すことになるのである。  そして、そのまま授業が終わった後まで、すっかり落書きの存在を忘れてそのままにしてしまったのだ。  まさかたったそれだけのことが、あのような事態に発展するなどとは夢にも思うことなく。
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