4人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
「あと5分なんだって」
声が聞こえた、というより、まどろんでいた意識に言葉が浮上して、俺は目を覚ました。
変わりなく、帰省途中の電車の中だ。ボックス席にいる。
向かいに、いつの間にか見知らぬ男児が座っていた。五、六才ぐらいか。
どこかで見たことある気がする子供だが、思い出せない。
「あと5分」
男児が窓を見て呟く。
車内を見回したが、俺たち以外に誰もいない。
「あと5分なんだ」
他の車両から来た子供なのだろうか。俺は男児の独り言を、聞かされ続ける難儀を思って困った。
「なにが5分なんだい?」
思わず尋ねてしまう。都会からひとり出発して、数時間電車に揺られている。黙っていることに飽きていたのかもしれない。
「ぼくが帰るまでだよ」
終点まで確かに、あとそれぐらいだ。
「お兄ちゃんはおぼんがえり?」
「まあな」
確かに世間一般的には、この時期の帰省はお盆帰りだろう。ただ俺の事情は少し異なった。それもお騒がせな両親のおかげだ。
「ぼく、帰るのがこわい」
突然、男児はしゅんとうつむく。
「帰りたくない」
「どういうことだい?」
「また色々と、失敗するんじゃないかって」
最初のコメントを投稿しよう!