1話「恋情インパルス」

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1話「恋情インパルス」

「結婚することにしたけん。来年の今頃には式を挙げるからちゃんと出席せーよ」 「あら、急に面倒なことを言うのね。ご祝儀は出すからそれで勘弁して」 雲堺(うんかい)ちゃんの唐突なお願いを間髪を容れずにきっぱりと断り、わたしはお味噌汁を啜る。 すると、目の前の彼は豆腐ハンバーグを食べていた手を止め、律儀に箸を箸置きに戻してから顔の前で大きなバッテンを作った。 「アウトーッ! 今のお前の発言で社会人どころか人間としての常識を疑うポイントを3つ答えよ! 」 「分かんない。それよりキャベツのおかわりはいるかしら?」 「ちょっとは考えーや! おかわりはいる!」 冷蔵庫からボールに入ったキャベツの千切りを取り出し、雲堺ちゃんのお皿へと新たに盛っていく。彼はそれに青じそドレッシングをかけるのが好きだ。 「まず1つ目は、結婚すると聞いて直ぐに“おめでとう”と言わん所」 「え? ああ、その話まだ続いてたの」 「当たり前じゃ! 2つ目は、式の出席の断り方がバッサリし過ぎ。というか断るなっ! 3つ目は式を挙げる本人前で金の話をするかフツー。……あー、不安じゃあ。お前、こんな調子で職場とかでちゃんとコミュニケーション取れとんかぁ?? 」 「さぁ。でも誰にもそういった文句を言われずに今までやれてきているんだから大丈夫じゃないのかしら」 「え、オレの今の忠告と心配を文句と思っとん?」 「……。それでもね、雲堺ちゃん」 「ちょっ! 話を変えるつもりじゃな?! 図星か?! 図星じゃったんか!!」 互いに食事を再開させつつ、わたしはわたしの見解を述べる。 「一般的に結婚とは幸せでおめでたいことだという認識だってことは流石のわたしでも分かっているわ。分かっているけど、それがわたしの中では浸透していないの。だから咄嗟におめでとうって言えなかった。……お式だって、わたしは貴方の何にあたるのかしら?」 「え、何って……と、友だち? いや、それは何か違う気もする、じゃけどやっぱり友だちが一番しっくりくるんか?」 「では友だちと想定した場合で考えて下さい。貴方と貴方の妻となる方は確か高校からのお付き合いですね。では、妻となる方との共通の友人以外で異性の友だちが雲堺ちゃんにはいるのかしら? 勿論わたしを除いて」 「……ん? んー? おらん、」 「では次にわたしがお式に出席した場合を想像してみて下さい。新郎側の来賓席に座る謎の女ことこのわたしを見た妻となる方はどう思うでしょう? ……わたしにはよく分からないけど、多分いい気持ちじゃないでしょうね。自分の認知していないよく分からない女がいるんですもの」 「あー。もしあいつの方に知らん男がおったら嫌じゃなぁ」 「ついでに言わせてもらうけど、わたしの席はどこにするつもりかしら。新郎友人席にポツンなんて絶対に嫌よ」 「そこは、まだ考えとらんかった。そしたら親族席でーー」 「もっと嫌。わたしが顔見知りなのは貴方のおじいさまとおばあさまだけよ」 「むぅ。お前はどうしてもオレを祝いたくないんか?」 雲堺ちゃんはぷぅと頬を膨らませて唇を尖らせる。わたしと違って彼は昔から感情表現が豊かで直ぐに顔にでる、こどもみたいな人だ。 「祝いたくないなら御祝儀の話はしませんが?」 「……祝儀よりおめでとうが聞きたかった。やいこちゃんから祝いの言葉が欲しかった。雲堺ちゃんおめでとうって言って欲しかった!」 プイッとそっぽを向いて拗ねる振りをする成人男性にドン引きだ。 チラチラと期待しつつこちらに視線を寄越す雲堺ちゃんに、わたしは心の中で溜息をついてから口を開く。 「今こんなことを言うと仕方なく言ったと思われるのかもしれないけど、結婚……いや、婚約おめでとう。雲堺ちゃんなら大丈夫だと思うけど、ちゃんと奥さんを大切にしてあげてね。……これ、ちゃんと本心だから」 そう言うと、彼はこちらを向き直り八重歯をみせパッと太陽の様に輝かしく笑う。 「おう! ありがとう! お前は無愛想で無表情じゃけど、ちゃんと気持ちは伝わったで!」 雲堺ちゃんはにこにこと微笑んだまま、わたしの頭を豪快にわしゃわしゃと撫でつける。まるで犬にするかの様なそれに毎度げんなりするのだが、今だけは違った。
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