人狼編

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 人狼の男とそんな出会いがあり、怪我が回復した彼は恩返しがしたいと山小屋で僕と一緒に生活するようになっていた。  あれから一年が経つが、麓の街へ商品を売りに行く時は狼の姿で護衛と称して付いて着てくれたり、家の中では人間の姿で皿洗いや掃除等、出来る事を何でも手伝ってくれていた。それに、僕を一度信用してくれた彼も今では本当の犬、いや、狼のように忠誠を尽くして、懐いてくれている。  両親を亡くしてからずっと一人だった僕に、そうして新しい同居人が出来たのだ。 「ユキヤ、また外は吹雪いてきたぞ」  暖炉の火でシチューを温めていると、そんな事を言いながら一匹の大きな狼が擦り寄って来る。  そいつは銀色の毛並みが美しい、僕の自慢な相棒だ。 「そっか。教えてくれてありがとう、ゼロ」  ゼロというのは、僕が彼に付けた名前だった。祖父が昔飼っていた犬達の名前が数字にあやかっていたので、僕も真似をしてみたくなって付けたのだ。  ゼロは僕の足元に寝転がると、尻尾を振って甘えてくる。それが可愛くて可愛くてたまらなかった。 「そろそろご飯にしようか」 「おう」  そう返事をするとゼロはすぐさま起き上がり、人間の姿に変身する。それから「皿、持ってくるな」と手伝いもしてくれるのだ。  人間の姿と言っても、彼は常に獣耳と尻尾はそのままにしている。それは僕が、その方が良いと言ったから。  そんなゼロの後ろ姿を見ながら、僕は最近感じるようになっていた身体の火照りを、彼には決してバレないようにとグッと堪える事が多くなっていた。  夜寝る時は、ゼロは決まって玄関先のソファで、狼の姿で寝るようにしていた。いつ不審者が来てもすぐに対応出来るようにと自らたっての希望でもあり、だから、僕は寝室で一人その熱を抜いている。 「……ん、はぁ……あ……」  声は出来るだけ小さく、そして、普段のゼロを思い出しながら、小刻みに手を動かす。  ゼロは狼の姿でも、人間の姿でもカッコいい。いつも僕を守ってくれるし、側に寄り添ってくれる。それが嬉しくて、僕はいつの間にか彼を好きになってしまっていたのだ。  ……ゼロ、ゼロ、……キミが好きだよ。  僕だってもう18だ。性欲だってあるし、ヤりたい盛りだ。両親が亡くなってからは働くので精一杯であり、彼女を作る暇もなかった。だから今になってその欲が爆発するのは仕方がないとも思っているし、たまたま側にいるのがゼロだったから彼を好きになり、妄想の相手も彼になってしまうのは致し方ないとも思っている。それでも……ゼロを想いながら抜くと、凄く気持ちが良かったのだ。 「あ、ぅあ……ゼロっ……!もぅ……!」  イきそうになり、手の動きも早くなる。と、不意に寝室のドアが開けられて、僕の手は止まった。 「……ユキヤ?」 「!」  ゼロだ。一体何しに来たのか分からないが、この状況は凄くまずかった。  しかし布団の中で抜いていたのでバレやしないだろうと寝たフリを決め込んでいたのだが、彼は人狼だ。人間よりも鼻は効くし、耳も良い。  ゼロが立ち去ってくれるのを祈ってジッとしていたが、彼が近付いて来る気配がして、僕はドキドキとする心臓でギュッと目を閉じる事しか出来なかった。 「……ユキヤ、ごめん」 「っ!」  そう呟いて、人間の姿をしたゼロが僕の寝るベッドに潜り込んで来たのだ。そして、背中から抱き締められて、耳元で囁かれる。 「今日、満月なんだ。ずっと我慢してたけど、どうしても側にいたくて……ユキヤが俺の名前を呼んだのが聞こえて、凄く嬉しかった」 「………………」 「満月の夜は、人狼にとって特別なんだ。狼で言う発情期に近い日で……どうしても、ユキヤと一緒にいたかった」  ゼロは僕が起きているのを分かっているのか、その大きな手をそっと下腹部へと這わせ、達しかけていたそこに触れる。僕も好きな人に触ってもらえている事が嬉しくて、たったそれだけの事なのに、もう我慢が出来なかったのだ。 「〜〜〜んんっ!」  耐えきれず、ゼロの手に精を吐き出してしまう。身体がビクビクと奮え、呼吸も乱れる。  それを目の当たりにしたゼロも興奮したのか、更にくっついて来ると硬くなった下半身を押し付けてくるのだ。 「……ユキヤ、すげぇヤラシイ匂い……俺も……一緒に気持ち良くなりたい」 「ま、待って……ゼロ……っ」  彼の手が服の中に入って来て、僕の火照った肌を撫でていく。その指は少しひんやりとしていて、玄関先にいたからか、はたまた緊張のためか、僕の熱い体温から熱を奪うようにしてゆっくりとその指先が肌に馴染んでいくのが分かった。  そうやって僕の身体を愛撫するゼロは、ふと手を止めると耳元でこう呟いた。 「ユキヤ……ひとつ、お願いがあるんだ」 「な、なに……?」  僕も小さな声で返すと、彼は更に小さな声で、だけどハッキリとその言葉を零す。 「……俺の、(つがい)になってくれないか?」 「……え?」  番とは、いわゆる貴重種の伴侶の事であった。  昔祖父に聞いた話によると、彼らに選ばれた人間は、男女問わずに貴重種との間に子供をもうける事が出来たらしい。人間が彼ら貴重種を絶滅寸前まで追い遣った責任として、子孫を残す手伝いをするのだと言っていた。  しかし……。  僕は固唾を飲むと、背後のゼロに問い掛けた。 「……それって、僕でも良いの?僕、男だし、妊娠出来るような身体じゃないんだけど……」  するとゼロは愛しそうに僕の頬を撫で、脳が溶けそうな、甘い台詞を口にする。 「……大丈夫。貴重種の……俺の精を何度かユキヤの中に入れれば、ちゃんと妊娠出来る身体になるから」  何度もって……なんか、恥ずかしいんだけど。  でも、ゼロとの間に子供が作れる。それは願ったり叶ったりだが、本当にそんな事が可能なのだろうか。  僕はぽわぽわとする思考で、ゼロの方を振り仰いでいた。 「ゼロ……僕、実は前からキミのことが……」 「知ってる」 「へ?」 「ユキヤが俺の事好きなのは、前から知ってた。それに……俺もユキヤが好きだから」  そう微笑むと、彼は僕の上に覆い被さりフサフサの尻尾を振って見せた。 「だから……俺の番になってよ、ユキヤ。一生大切にするから。お願い」  クゥン、と鼻を鳴らし、甘えて来る。  こんなに可愛いゼロを、僕が拒めるはずがない。  僕はゼロの頬を撫でて、うん、いいよ、とすぐに返事をしていた。 「僕を……ゼロの番にして?僕も頑張って、ゼロの赤ちゃん、ちゃんと産むから」  ゼロが好きだ。その好きな人と家族になれるなんて、僕にとっては幸せでしかない。  祖父が亡くなって、両親が亡くなって、僕はもう、この先ずっと一人ぼっちなのだと思っていた。だからゼロの申し出が凄く嬉しくて、涙さえも溢れ出た。  番になろうって、一生大切にするって、言ってくれたんだ。こんなに幸せな事って、他には絶対に存在しない。  僕はゼロの身体を抱き寄せると、その目に涙を滲ませながら、大好きだよ、ゼロ、と呟いたのだった。  寒い冬が終わり、温かい春がやって来た。山の雪もすっかりと溶けて、そこら中に草花が芽吹き、鳥がさえずり、獣たちが長い眠りから覚めて活動的になっている。  僕も山小屋から出ると、大きく伸びをして思いっきり新鮮な空気を吸い込んだ。そして、大きくなっていた自分のお腹に手を当てては幸せの笑みを浮かべる。  人間と違って貴重種の子の成長は早いようで、ゼロの子を身籠ってまだ5ヶ月しか経っていないのに、もういつ産まれても良いような状態だった。今や貴重種は保護の対象となっているので、彼らとの番事情に詳しい専門医が、無料で定期的に診察に訪れてくれているのだ。昨日がその診察日だったのだが、このまま順調にいけば、今月末には産まれるだろうとの事だった。  僕は自分のお腹に向けて、早く元気に生まれて来いよ、なんて話し掛けてみる。すると、まるで返事をするかのようにポコッと元気良くお腹を蹴るのだ。  生まれて来てくれる子達は、きっとゼロに似て可愛いんだろうなぁと思いを馳せる。父親に似て勇敢で優しく、思いやりのある子に育つといいんだけど。  そんな事を思っていると、森の方から銀色の立派な狼が一匹、こちらに向って走って来るのが見えた。その口にはウサギを咥えており、僕の元に急いでは「ユキヤ!」と呼ばれる。 「もう起きて平気なのか?」 「うん。今日は調子が良いから、ちょっと外の空気を吸おうと思って。この子達も喜ぶだろうからさ」  そう言ってお腹を撫でて見せると、ゼロもそこへ頬を擦り寄せては愛しそうに鼻を鳴らしていた。 「……そうか。それは良かった」 「うん」 「ウサギを獲ってきたから、後でスープにして食べよう。沢山体力つけて、ユキヤには頑張ってもらわないといけないからな」 「ふふっ……そうだね」  僕はゼロの頭を撫でて、そう微笑む。  僕、頑張るよ。ゼロの為にも、このお腹にいる、子供達の為にも。  だってゼロが僕にくれた、大切な家族だから。  ふわふわのキレイな銀色の毛並みを指ですきながら、僕は感謝の気持ちを込めてゼロに愛を囁いた。 「ゼロ、大好きだよ。僕に家族をくれてありがとう。絶対に幸せにするからね」  するとゼロも僕の頬にキスをして、俺も、と応える。 「俺もユキヤを、子供達を一生幸せにするよ」  この子達が産まれてくるまで、あと何日だろうか。指折り数えながら、僕達は春の陽気にいつまでも幸福を抱いていた。                  ー完ー
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