尾籠なモノを三連発

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尾籠なモノを三連発

「やべえ、もう漏れそう」  お尻を閉めるように大臀筋を力ませながら小股で歩く。何も変わり映えのない学校の帰り道。あと少しで家に到着できるのにと、前だけを見てただひたすらに歩いていた。  東京の多摩地区に住んでいた僕は、中学校の学区内で一番遠い場所に住んでいた。僕にはこれと言って自慢するものは何もなかったけれど、唯一自慢できたのがだったので、それをいつも自己紹介に使っていた。  そんな僕は登下校時、いつも最短ルートを通って歩いていくけれども最低で30分はかかる道のりだった。  中学校の校門を出ると学校近くに踏切があり、そこを渡る。地主さんの林を通り抜けると友達の庭があった。そこを犬に吠えられながら通り過ぎ、打ちっぱなしゴルフ練習場のネット脇を腰を屈めて歩く。横目にそこの経営者の家が見えるけれど、見て見ぬ振りを毎度繰り返して。  そうして信号のない大通りを通り過ぎると野菜畑が。ここだけを見ていると東京にいるなんて思えないほど田舎だった。赤土だらけのその畑は富士の火山灰で出来ている。しかしながら、ここまで来ればもう家まで目と鼻の先。  残り10分ほどで家まで辿り着けそうになった頃、何もない畑道のど真ん中で便意を催してきた。突然のようにケツの穴が開きそうになる。お腹がグルグルと音を立てて。 「やべえな。また腹痛くなってきたぜ」  できるだけ尻の穴に力を入れて歩幅を短めに歩く。そして意外と姿勢を良くしてピンと背筋を伸ばし全身を緊張させた。誰かに便意を悟られないよう、平然とした顔を装う。  その便意に拍車をかけるような夕立が始まった。空は一面雲で覆われ暗くなりゴロゴロと雷の音が鳴ったと思ったら突然ゲリラ豪雨が降り出した。傘も無ければ、走る余裕もない。畑道には高い木々も無いから雷避けもできなかった。  雷が怖いので仕方ないけれど姿勢を丸める。気を抜くと便意の雷が全身を過りそうだったから。雷の光と音の感覚を意識して、ここはまだ安全だと自分を落ち着かせる。落ち着かないのは腹の中だけ。 「あと5分だけ辛抱しろ、僕。……お尻の神様、あと5分我慢だ」  気分を変えてお尻の神様を想像した。いつしかアニメで見た事がある頭にケツのついた緑の生き物だ。  もうほぼほぼ直線道路の帰り道、遠くに我が家が薄らと見えていた。走れば5分くらいで帰れそうなのに、お腹に激しい振動は与えられない。ただ5分の辛抱と自分の尻に言い聞かせると、何故だか5分くらい騙し騙し歩けた。一時、お腹のゴロゴロが落ち着く。空のゴロゴロは落ち着かないけれど。  そんな僕は気を紛らわせるために数字を1から300まで数えて歩いた。  できるだけ便意を忘れようと、数字に集中て。自分に催眠術をかけるように。  そうして200を数え過ぎた頃、再び便意が戻って来たのだった。 「やべえ、まだ家まであと5分くらいかかるぞ」  至極当然ながら残り10分はかかるところで自分に嘘をつき、騙し騙し歩いていたのだから仕方がない。300をゆっくりと数えていたものの、そんなものはお構いなしに腹は下っているようだ。 「もうあと5分我慢我慢。ケツの神さん頑張って」  こうなると尻の限界を超えたようにオナラが飛び出してくる。プッププップと周りに人がいないのを見計らってロケットのようなモノが出ないようにガスが放出された。勢いよく出しちゃあまずい。できるだけゆっくりゆっくりとだ。  それにしても5分という時間はなんて長いのだろう。実際には5分、もう5分と10分我慢しているのだからかもしれないけれど、5分の道のりが非常に辛い。足が小石に躓いたり、雨の泥濘に嵌るとそれだけで全身に悪寒が走って行った。変な振動が便意を助長する。 「あと1分だ、1分だけ我慢してくれ……ケツのかみさま~」  もうこの頃にはベルトを緩め、家のカギを手に握っていた。家に入ったら即トイレ。  トイレの扉を開けたと同時にケツの穴の力も緩み始めた。僕はまだ緩めたくはないのに、お腹の中からロケットが押し出されようとしている。  やばい、急げ!  僕は焦りながらチャックを下げようとするものの、こういう時に限ってなかなか下がらない。雨に濡れたズボンが思ったより硬いのだ。その上、ズボンのフォックも上手く外れてくれないという始末。  またまたお腹のロケットがググッと押されてきた。それを想像した時、いつも思うのが、ロケットは顔を出したか出していないのか。そしてパンツにロケットが着地したかどうかだった。  絶対着地させてはならない。なんとしてでもロケットを便器に発射するまでは僕のケツで抑え込まなくては。  焦りながらカウントダウンが流れる。3、2、1……  間一髪ズボンとパンツは下げられた。大爆発したような音と共に便器にロケットが落ちていく。  今日も無事成功だ。  そう思ったのも束の間、ケツを拭いてパンツの中を見ると、なんとロケットの先端部分だけが分離されていたのだった。きっとあの時、ケツで最後抑え込んだ時、燃料タンクとロケットが切り離されたに違いない。  クソッ!  家が遠すぎるんだよ、このクソ野郎が! ◆  外国の街で久しぶりに友人と会った。  夜中までバーで友人と酒を飲み交わす。当時は一気飲みが流行っていたので、友人とはもっぱらビールばかりだ。  バーには勿論のこと、世界中のビールが置かれていた。飲み比べをしたいけれども、瓶を持てば必ず「乾杯」を言ってくる。僕は友人よりお酒が弱いから食い物でも頼んで腹ごしらえ。 「ここの地ビールは薄い薄い。ドンドン飲めちゃうぜ」  初めからピッチャーでの乾杯が始まった。周りの外国人もこんなバカな飲み方をする日本人を見て大はしゃぎする。負けず嫌いな僕も負けじと飲み続けていった。豆やスナックを次から次へと平らげながら。  程よく酔ったところでトイレタイムが始まった。お互いに尿意が激しく何度もトイレに駆け込む。駆け込んでは飲んでバカ騒ぎするという繰り返しだ。 「お客さん、もうすぐ閉店なんで」  そうマスターが言うなり、友人が札を置いて会計を済ませた。釣りは要らねえとさっさと店を出ていく。一番この国で高い紙幣を置いていくなんて、なんて太っ腹な野郎なのだろう。 「奢ってくれんのか? ごちそうさん」  そんな僕と友人は酔っ払っているせいか、何処にドミトリーがあるのか分からなかった。迷い迷い歩いていると、尿意と便意が同時に押し寄せてきたのだった。  とりあえず友人と一緒に立ちションする。  それからトイレをキョロキョロ探すように見渡すけれども、周りは高級マンション群ばかりで公衆トイレはなかった。ただあるのはマンションの脇に生えている数多くの緑たちだけ。 「腹痛えなあ。どっかで糞していい?」 「お前さあ。そんなのさっきのバーで済ませとけよな。あんなにナッツばっか喰ってっから当たったんじゃねえの」 「まあな。ちょっとそこの草ムラで出してくるわ」  そう言うと友人に見張りをさせてマンションの脇にある綺麗にカットされた草ムラでヤンキー座りのようにしゃがみ込んでみた。意外と草丈が高くて助かる。ほぼほぼ僕から通行人は見えなかった。  さてと。  立ち上がろうと思った時、思わぬ事態に気が付いた。 「ティッシュがねえ!」  友人に聴こえるように大きな声で叫んでしまった。  便意は落ち着いたものの、仕上げのティッシュがない。  焦る僕に対して友人はトイレットペーパーを押しつぶしたモノを片手に持ちブラブラとさせてきた。 「テッッシュ欲しかったら売ったるぞ」 「マジで?」 「一番高い札2枚よこしな」  はあ? たかがトイレットペーパーに一番高い紙幣2枚だなんて。さっきのバーで友人が支払った紙幣1枚だけでも太っ腹と思っていたのに、僕から2枚も取るなんてボッタクリじゃねえか。 「おっ、躊躇してんねえ。2枚でも安い方だぜ、ここではな。あと5分待ってやっから頭冷やして考え」  勝ち誇ったような顔をして僕の顔を見下す友人は、紙幣1枚で何センチぶん僕にテッシュを手渡そうかとロールを引っ張りながら思案していた。  僕も友人に頭を下げるのは悔しいけれど、できるだけテッシュを長く欲しかったのでペコペコする。  財布を取り出して紙幣があるかを確認して。  紙幣……紙……ペーパー……  ふとお金を見て思った。こいつに頭を下げるくらいならお金でケツを拭けばいいじゃないかと。さて、どうしようか。ヤンキー座りのままケツを丸出しにして思案する。 「はい。もうお終い。どうすんの?」 「へへえ。そんなテッシュなんてもういらねえ。僕にも紙ならここにあるもんねえ」  数枚の紙幣を手で持って揺らしながら友人に言った。 「マジで?」 「大マジさあ」  そう言うものの、なかなか手がお尻の方へと回らない。成り金でもない僕が素直に紙幣でお尻を拭くなんて簡単に出来そうになかった。  それを見ていた友人が俺の手を掴み、持っていた札全部を取り上げテッシュを投げる。 「毎度あり。テッシュ全部やるから、ケツ拭く紙、全部もらうよ~」  僕がしゃがんで動けないのをいい事に全部持って行かれてしまった。さすがに高すぎるだろ、この使いかけのトイレットペーパー。    クソッ!  明日の飯はまたクソ友人に集ってやるう。 ◆  長距離バスでアジアを移動していた時に、偶然旅慣れない日本人と出会ってしまった。はじめは僕を見ても日本人とは思わなかったようで、一人おどおどしながらバスの一番奥座席に座り込んでいる。言葉もあまり喋れないようで、静かな野郎だ。 「こんちは。日本からっすか?」 「お? 日本語上手ですね」 「まあ、一応日本人っすから。それよりこんなバスで会うなんて奇遇っすね」 「ええ。これ乗れば飛行場まで行けるって聞いたから」  それを聞いて驚いた。確かに終点まで乗れば飛行場に辿り着けるけれど、この高速バスで終点目指すのにいったい何時間かかると思っているのだろうか?  普通なら駅へ行くバスに乗って、そこから列車を使うだろうに。 「行けるには行けるっすけど、どれくらいかかるか知ってます?」 「ううん。3時間くらいかなあ」 「はあ? 10時間くらいっすよ。ちゃんと走ればですけど。ちょこちょこ壊れるから今日は何時に到着するやら」 「ええ!」  彼の驚いた叫び声に、バスの添乗員が怒鳴ってきた。 「そこの日本人、うるさーい!」  そう言われたものの、彼には通じていないようだった。だから僕も惚けた顔をして誤魔化してみる。添乗員さんの言葉が通じていない外国人を装って。 「駄目だ。あそこの日本人たち。全然通じてないわ」 「いいよいいよ。放っておきましょう」  何やら僕たちが気になるようだけれど、放っておいてくれるようだ。それはそれで助かる。それなら暫くの間、寝かさせてもらおうか。  そう思い寝ていると、一時間ほどで隣の野郎が貧乏ゆすりをし始めた。まったく寝つけやしない。 「どうしたんす?」  とりあえず彼に話し掛けた。 「ちょっと小便したいんだけど、あとどれくらいで停まるかな」  ど素人な質問に呆れてしまう。この長距離バスは基本、あまり停まらないからだ。停まる時は飯の時間か、高速のサービスエリアに入った時くらい。こんな下道では停まってはくれない。 「あんたアジア旅行慣れてないね」 「ええ。会社の公用車以外での移動は初めてだったもので」 「とりあえず、ペットボトルの中身を窓の外から捨てて、それを尿器にでもすれば」 「ええ!」 「常識常識。本来ならさっきんとこで出しとくべきだったんだよ」  そう教えると彼は困ったような顔をして動かなくなってしまった。遠くの添乗員さんからは、寝ている客もいるからあまり大きな声で叫ぶなと注意される。  暫くの間、隣の彼はモジモジずっとしていたけれど、一時間後には我慢できずにペットボトルの中身を捨て始めた。 「ちなみに僕、そんなんしたことないっすけどね」  はじめてバスの中で尿をする隣の彼に、見ないからどうぞどうぞとゼスチャーした。非常に恥ずかしそうで、こちらまで照れてしまう。俺もそこまで出来る勇気があるだろうか?  言うのは簡単だけれども、実行するのは容易くない。たぶん僕にも羞恥心があって出来ないだろう。 「ああ。スッキリした」  ペットボトルの蓋をして自分の足元へと置いた。僕はそれに見兼ねて、外に捨てるよう指示を出す。 「周りもゴミゴミゴミのゴミだらけ。アジアの道路なんて所詮こんなもんだ。だからあんたもそれ捨てちまえよ」  捨てるのに躊躇した彼は、何を思ったのかペットボトルの中身だけを外へ捨て始めた。それはそれで危険である。 「あんた。何やってんだよ。歩行者やバイクもいるっつうのに、そんなんしたらオシッコかかっちゃうじゃねえの」 「あ、悪い悪い」  いや、僕に謝られても困るのだが。まあいいかと、僕は彼を無視して寝る事にした。  そうして暫く寝ていると今度は隣の彼が乗り物酔いに。さすがに我慢できなかったらしく突然窓から顔を出して吐いていた。 「なあ、あんたといると日本人が汚く見られちまうぜ」 「す、すまん」  添乗員さんには薄々こちらの行動がバレているのか陰口を零されていた。隣の彼には通じていないけれど、言葉の分かる僕には非常に辛い。  そんな僕も何故だか降車するバスターミナル手前で腹が痛くなってきた。隣の野郎のように醜態は見せられない。あと5分ばかり我慢して、近くにトイレがあればそこへ駆け込もう。  そう思ったのも束の間、便意は急速に加速しながら下って来たのだった。  昔から僕の腹はいつもこうだ。どうして便所のない所でいつも便意が来るんだろう。それもあと僅かな所まで来てから、我慢大会が始まる。 「ケツの神様! 便所までもってくれ~」  小声で自分に言い聞かせる。隣の彼と世間話をしている余裕もないくらいに。  こういう時はまたまた違う想像を膨らましてみるものの、頭の中で思い描かれたのがアジアの公衆トイレ事情だった。  どこもかしこも汚い。扉も無ければ、一直線に側溝だけの場所もある。みんな相手のケツとモノを見ながら会話を膨らませていた。場所によっては糞が家畜の餌だったりもあり、尻を舐められそうにもなる。  考えてはいけないトイレばかり想像してしまった。これでは便意を助長させてしまうばかりなのに。あと5分が相変わらず長い。  バスが到着。ここで休憩のようで、乗客がどんどん降りて行った。  隣の彼ともお別れという事で手を振るものの、彼もトイレを探して降車する。  そんな僕はトイレの列に我慢できず、とうとうバスの裏手で青空トイレをしてしまった。ここはバスターミナルだというのに。人が賑わう場所での丸出しに多くの者が詰め寄ってきた。  そして添乗員さんも呆れた顔で僕に言う。 「このクソ日本人め!」  羞恥心を越えた何かがそこで芽生えてきた。 先ほどバスの中で小便した勇気ある彼を僕は越えたような気がする。遠くで僕を見る彼の顔には、上には上がいるものだと感心した風に安堵した表情にも見えた。
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