鉄の鯨

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 サンプルの採取も各種計測もつつがなく終わった。  作業台の前で俺は大きく伸びをする。 「そろそろ浮上するか」  と通信ブースに声をかけると、 「母船に連絡しておくわね」  と返事が返ってきた。  今から帰還部署が始まるとして、地上に戻れるまであと5分程度だろうか。  我が研究所は毎年夏になると深海の調査を行っている。  記念すべき第30期調査で、潜水艇に乗り込むことになったのは、この俺とそして夏海であった。 「連絡完了。あとは待つだけね」  通信ブースの方からガチャガチャと何かを片付ける音、それからゴッゴッと安全靴が床を叩く音がした。夏海だ。  足音は俺の背後で止まり、代わりに二つの腕に抱きしめられる。 「なんだよ。仕事中だぞ?」 「いいじゃない。誰も見ていないんだし」   夏海は甘えるように俺の首筋に顔を寄せた。    そう、夏海と俺はちょうど一年前から交際している恋人同士だ。  だが、実を言うとこの調査が終わったら終わりにしようと思っている。    独占欲が少しばかり強すぎるのだ。  休日をいつも一緒に過ごしたがるのは、まあ可愛いと思えたにしても、ことあるごとに電話をかけてくるのには参った。  入浴中だろうが、同僚と飲んでいる最中だろうが、「ねえ、今何している?」と電話をかけてくるのだ。たとえ、事前に予定を伝えているとしてもだ。  夏海いわく、「好きな人が何をしているか知りたいと思うのは当然でしょう?」とのこと。  この調査員に志願したのだって、独占欲の延長に違いない。  だが、それもあと5分で終わり。  実を言うと、最近は妹の友人といい感じの仲になっているのだ。  たしかに夏海は美人で賢く、一緒にいるときは楽しい。けれども、やはり結婚をするにはああいう娘の方がずっといい。  俺は夏海の腕をさすりながら、そんなことを考えていた。
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