一部*一章 ルドプス発生

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一部*一章 ルドプス発生

01  城下町の一際にぎやかな区画にある宝飾店で働くナユの元に訃報が届いたのは、けだるい午後だった。  ちょうど客が途絶えてホッと一息入れたところに、ぱたぱたと羽音を立てて鳥が入ってきた。鳥は店内をぐるりと一周すると、止まり木を見つけてそこに降りたった。鳥は首を傾げてナユを見た。  ひいきにしてくれているだれかからの注文かと思って入ってきた鳥に近寄って、見覚えのない鳥になぜか嫌な予感がよぎった。ほぼ一年前にも同じような場面があったのだ。だからナユは躊躇した。  この鳥は間違いなく悪い出来事が書かれた手紙を運んできている。追い払えばその悪い出来事を振り払うことが出来るに違いない。  そんなことをしても無意味だと分かっていながら、ナユは会計台の後ろに片づけるのが面倒で置いたままにしていたはたきを手に取った。  ナユははたきで悪い出来事を振り払うようにして鳥を追い出そうとした。はたきを大きく左右前後上下にでたらめに振り回す。それから忌々しい表情を浮かべながら、口を開いた。 「悪い話は間に合ってるわよっ。どっかに行ってよ、しっしっ」  鳥は不思議そうに首を傾げてナユをじっと見つめているだけだった。  普通の鳥であれば、ナユがはたきを近くで振っただけで逃げるはずなのに、訓練されているからか、どうやらこれくらいでは鳥は反応しないようだ。  それではとナユは掃除をしているときにするように鳥にはたきをかけるのだが、鳥は迷惑そうに瞬きをするだけで、まったく動じない。  それならばと鳥を追い払おうとはたきを振り上げたところで、後ろから声をかけられた。しかし、ナユは気がつかない。ナユが鳥に向かってはたきを振り下ろそうとした。 「ナユっ、なにをしているのっ」  耳元で怒鳴られ、ナユの鼓膜をつんざいた。 「────っ!」  ナユは反射的に手に持っていたはたきを取り落とすと慌てて耳をふさぎ、涙目で声の主をにらみつけた。 「てんちょーっ! いきなり耳元で怒鳴らないでよっ! 耳が壊れるっ!」  ナユの抗議にナユの横に立っていた店長のクラウディアは腰に手を当て、大きくてきれいな胸を突き出すようにして、眉をつり上げた。ナユの目はちらりとその胸に向く。 ──わたしの胸もあれくらいあれば……。  しかし、クラウディアの声にはっと我に返った。 「あんたはなにをしてるのっ! 通信鳥(コミュリ)を追い払おうとするなんて、信じらんないっ。注文書を運んできていたらどうするのよっ!」  それほど広くない店内に声が響き、ナユの耳にさらにキーンと貫いたが、ナユも負けていない。クラウディアと同じ格好をするが、まっ平な胸を主張するだけだった。 「だって、見覚えのないコミュリなんだもん! 迷い込んだのかもしれないしっ!」  クラウディアの流し目にナユは萎縮しそうだったが、がんばってない胸を押し出し、虚勢を張った。 「あんたじゃないんだから、コミュリが迷うわけないでしょう!」  ナユは言い返そうとしたが、方向音痴を指摘されたら、ぐうの音もでない。拳を握り、ぎりぎりと奥歯をかみしめた。  クラウディアは押し黙ったナユを満足そうに見下ろし、コミュリに視線を向けた。 「──で。……確かに初めて見るコミュリね。って、あら? これ、個人所有のコミュリではないわよ」  クラウディアの言葉にナユはさらに嫌な予感を覚え、首を振った。 「──駄目よっ。店長、触れたら駄目っ!」  悪い予感というのは、嫌になるほどよくあたる。  ナユはクラウディアを止めようとしたが、すでに遅かった。  クラウディアはコミュリの足に巻かれた筒の中から丸められた手紙を取り出していた。 「ヒユカ・ナユ様。──あらあら、大変。ナユ宛の手紙だったのねっ。勝手にあけて、ごめんねっ」  クラウディアは慌てて丸め直し、呆然としているナユの手のひらに手紙をねじ込んだ。 「あたし、配達と材料調達に行ってくるから、店番、しっかりねっ!」  クラウディアは乾いた笑いをこぼしながら、店内から消えていった。  店内には乱入してきたコミュリとナユ。コミュリはナユをじっと見つめた。  コミュリは手紙を配達してそれで終わりではないのだ。受領した証を受け取らなくては帰れない。 「くるっくぅ?」  コミュリは喉を鳴らしてナユに催促したのだが、ナユは茫然自失としていた。 「くぅ?」  早く受領の証をもらわなければ、日が暮れてしまう。夜目がきかないわけではないのだが、獰猛な獣と遭遇する確率が高くなる。  そういえばさきほど、かなり嫌なことをされた。コミュリはそれを思い出し、くぇっと短く鳴き叫ぶと止まり木から足を離してふわりと飛び立ち、ナユの肩に鋭い爪を立てて乗っかってやった。 「いたたたたたっ!」  急に肩に痛みが走り、ナユは驚いて痛みの元を見やる。ナユの目の前に、黒くてつぶらな瞳が映った。ナユは二・三度瞬きして、それがコミュリだと気がつくと、身体を振り払った。  コミュリは音も立てずにナユの肩から離れた。 「なんであんたが肩にっ!」 「くるっくっ!」  コミュリは筒が結ばれた足をナユに差し出した。  ナユはコミュリの仕草を逡巡して、ようやく意図を察した。受領の証を催促されているのだ。  個人所有のコミュリには決まりがないが、共同利用や商用コミュリの場合、決まった紙に書く。しかも文字数で料金も決まっているから、長い手紙だと高くつく。その場で運ばれてきた手紙を確認して、最後についている受領の証欄に署名をして、切り離して筒に入れなければならないのだ。  クラウディアが勝手にあけてしまったから、今更受け取れないということは出来ない。  だからナユは渋々と手紙を広げ、見覚えのある字で書かれた内容に息を止めた。 『至急インターとともに戻れ。バルド』  衝撃を受け、ナユの手から手紙がこぼれた。
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