いたみ

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いたみ

 闇に浮かぶ二つの月に照らされて、両腕を失い歪な輪郭となった標的が、壁際でゆらりと身を起こす。ぼさぼさに振り乱された髪、青白いを通り越して土気色の肌、もはや被服としての役目を放棄している服。その全てが、標的の異常さを示している。 「……追い詰めましたよ」  標的から目を逸らさぬまま、両腕で、杭打ち機を持ち上げる。小柄な人一人分ほどの大きさの杭打ち機は、がりがりと音を立てて次の杭を装填する。  標的はぎらぎらと赤く染まった、人にあらざる目で私を睨めつける。そこに既に正気の色はなく、どうしようもなく乾いた欲望、つまりは目の前の人間に対する「食欲」だけをみなぎらせている。  ――神よ、どうか、かの者をお救いください。  手のひらに食い込む杭打ち機の重みを確かめながら、祈りを捧げる。ひとたび変貌させられた者は、人に戻ることはできない。故にこそ、祈らずにはいられないのだ。化物に囚われてしまった存在が、あの世で救われることを。  浄化の聖句を唱えながら一歩を踏み込んだところで、不意に、標的が喉を震わせた。  裂けた口から放たれたそれは、もはや咆哮ですらなかった。暴風すらも伴う強烈な「音」に、思わずたたらを踏む。
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