いたみ

2/11
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
 次の瞬間、視界から標的が消えた。それを認識した瞬間に反射的に身を捻ってはいたが、刹那のうちに左肘から下がそっくり失われていた。  痛みは、ない。  痛覚は、狩人として生まれ変わった最初期に切り捨てた。傷を負った痛みで一瞬でも動きを止めれば、次の瞬間には「私」という存在自体がこの世から失われてしまうから。  故に、左腕を取られた、という感触だけを信じて、振り向くと同時に片腕だけで杭打ち機を構えなおす。  数歩分の間合いを取った標的の口から、ぼとりと、一瞬前まで私の腕だった肉の塊が落ちる。  標的は、すれ違いざまにその吸血牙で私の左腕を噛み砕いたのだ。私から武器を奪い、同時に己の体から刻一刻と失われつつある生命力を、血液から吸い取ろうとしたに違いない。標的にとって、人の血液とは己の欲を満たし、身を癒す甘露であるはずだから。  だが。 「あ、が……、ああぁっ!」  標的が上げたのは言葉にならない苦悶の声。牙持つ口から吹き出すのは黒々とした煙。当然だ、この体を流れる血は既に人のものではない。神の祝福を受けた聖血は、この世にあってはならない穢れを、ことごとく焼き尽くす。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!