いたみ

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 かつて、唯一にして完全なる神は、はるかな大地を作り出し、太陽と月が巡る「時」を定め、大地に命を産み落とした。そうして産み出されたのが、植物であり、動物であり、そして、最も神の姿に近いとされる人類である。  神の子たる人類は、神の加護の元で、時には大地にちいさな諍いをもたらしながらも、おおむね平穏に暮らしていたといえよう。  しかし、ある時代になって、もうひとつの月――赤い月が空に浮かび、世界にはあり得ざる存在が跋扈しはじめることになる。    ――吸血鬼。    それは、唯一にして完全なる神が創りたもうたこの世界に、突如として混ざりこんだ「異物」である。  人の血と生命力を糧とし、また人間を同胞へと作り変えるというおぞましい能力を持つ吸血鬼は、人類の天敵として世界に蔓延り、今もなお決定的な対抗手段を持たない人類は、吸血鬼のもたらす惨劇に身を震わせるばかりである。  吸血鬼狩人として洗礼を受ける前の私が、変わり果てた姿の妻と娘を前に、吸血鬼と、何よりも吸血鬼に抗うすべを持たぬ私自身への憎悪を噛み締めるしかなかったように。  故にこそ、私は残された命をかけて、神の名の下に吸血鬼を狩り続ける。吸血鬼に無残に殺されるか、それとも人の身に余る祝福の反動で体が内側から崩れ落ちるか、いずれかの終焉を迎えるその時まで。  そう、であるはず、なのだが――。
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