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「こいつに手を出すな!」
あいつです。腐れ縁の男の子です。
「ほたるさん、にひき! おしりが、ひかってる!」
「ほたるさん、かれし?」
「リナちゃん、彼氏なんて言葉、よく知ってるね」
人間の子どもと女の人は、わたし達をいじめる気配がありません。それなのに、腐れ縁のあいつは、人間に威張ります。
「やい、人間! おれの女に手を出すな!」
……おれの女、ですと?
「あんたも、あんただよ。姉さんが心配してたぞ」
「あんたは昔から、わたしのお姉ちゃんが好きだったものね」
「あんたの方が好きだけどな!」
あいつが何を言っているのか、ちょっとわかりません。でも、気の弱いあいつが、勇気を出して川の向こうに来てくれたのだとわかりました。
「ほたるさん、いっちゃう!」
「ほたるさん、ばいばい!」
「環境保全しとくから、子どもをたくさん、つくってね!」
人間達に見送られ、わたし達は川に帰ることにしました。
川に着いたら、お姉ちゃんに怒られてしまいました。数少ない仲間からは「無事でよかった」と安堵されました。
その日の夜、仲間の後押しもあり、わたしは腐れ縁の男の子と結婚しました。なんだかんだで、わたしのことを心配してくれるあいつと、一緒にいたいと思ってしまったのです。
生長したわたし達は、7日間くらい生きると言われています。わたし達の一生は、ひと夏にも満たないのです。
それでも、わたしは幸せです。
人間は必ずしもわたし達を死なせるわけではない、逃がして見送ってくれる者もいると知ることができたのですから。
油蝉が羽を震わせる音が、いくらか小さくなりました。
田んぼからは相変わらず、蛙の大合唱が響きます。
わたし達は川で発光しながら、ひと夏の命を生きます。
どうか、二十日大根の女の人が、良縁に恵まれますように。
どうか、人間の子ども達が、素敵なレディに育ちますように。
どうか、わたし達の子どもが、幸せに生きられますように。
【「嫁入り前の娘達は」完】
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