薄暮に沈む

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 ジリジリと肌を焦がす鋭い針のような陽射しが,逃げ場のない僕を容赦なく照りつけた。その鋭利な陽射しは身体を貫き,硬く瞑った目蓋(まぶた)の奥を真っ白に濁らせた。悪意さえ感じさせるその陽射しは,ぼんやりと霞む視界のすべてをひどく歪んで見せた。  むせ返るような油の臭いにまみれた真っ黒なアスファルトは,素足の皮が貼り付いてめくれるほど熱く溶け,振り返れば剥がれ落ちた赤茶けた足の皮が地面に点々と足跡を残した。  不思議なことに痛みはなく,ただ自分の足腰がひどく重たく感じ,一歩足を踏み出すたびにズルズルと音を立て,身体全体がなにかに引っ張られているようだった。  鋭い刃物のような陽射しに全身を灼かれても汗は出ず,乾いた口を開けては熱い空気を肺いっぱいに吸い込み,だらしなく舌を垂らして息を吐いた。  陽炎(かげろう)の揺らめきが,かつて僕を愛してくれたあの人の姿を思い出させた。ただひたすらにその姿を追い求め,休むことなく灼熱のなかを身体を引きずって白と黒しかないモノクロの街を歩き続けた。  優しい笑顔で僕の頬を撫で,細い腕で抱きしめてキスをしてくれたあの人を探して,僕は噛み合わせの悪くなった歯を食いしばった。  記憶にある優しい笑顔を,僕を抱きしめてくれた暖かくて心地よい両腕を陽炎の中に求めた。  きっとどこかにいる,あの人を早く見つけたいという思いだけが,僕の心と身体の支えとなり薄れる意識をつなぎとめた。
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