薄暮に沈む

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 陽炎の向こうに聞こえる暑さに耐えかねた人々の呻き声と,苦しげに唸るような蝉の音が不協和音となり,不快な雑音(ノイズ)となって周囲を包み込んだ。  不快な雑音の中に混じる声を聞き取ろうとした瞬間(とき),僕の意識が遠くで揺らめく人影を捕らえた。雑音に紛れるようにして,ぼんやりと存在する古い小さな駅のホームに人らしき複数の影が揺らめいていた。  駅前に建てられた駅名らしき文字が書かれた小さな看板は,もはやその意味をなさないほど朽果て文字を読み取ることができなくなっていた。  恐る恐る顔を上げ,人のまばらなホームにあの人がいないか眺めると,視線を受けた人影が黙って僕を見下ろした。 『いない……』  一切の感情が感じられない無機質な視線を無視して,真っ直ぐ前を向いて歩みを進めた。  線路の見えないホームの人影は少しでも暑さから逃れようと,わずかばかりの日陰に群がるように密集していた。 『あそこに,いるわけない。でも、あそこにしかいない……』  駅のホームから視線をそらすと,黙って歩き続けた。あそこにいないことは,ずっと前からわかっていた。それでも,いつも駅に近づくと期待してしまう自分がいた。  日陰を求めようやく路地裏に入ると,目の前がさらに真っ白になり,眼球の奥であの人の笑顔が浮かんでは消えた。  遠くで電車の音が微かに聞こえ,路地裏の小さな窓が小刻みに振動した。 『見つけなくちゃ……』
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