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episode 3
花火当日。
前日まで降り続いていた雨は止み、最後の最後でやっと夏らしいからっとした天気になった。
昼前に一度透馬からメッセージが入った。
【晴れてよかったな。今日大丈夫そう?】
どう返そうかと悩みながら文字を打つ。
【うん。楽しみにしてる】
(・・・違うな)
打ち込んだ文字を消してしばらく返事を考えていたが、結局いつもどうり
【うん。大丈夫】
と、そっけない文字で返事を返した。
夕方待ち合わせ場所に行くと、思ったより多くの人で賑わっていた。
これだけ多くの人がいても、悠斗の目は容易く透馬の姿を捉えることができた。
スマホを見つめ、時折顔を上げて周りを見渡す透馬をしばらく眺める。
早く声を掛けたい。でもこのままもう少し見つめていたい。
そんな葛藤をしているとふと顔を上げた透馬と目が合った。
悠斗を認めると顔をほころばせ、軽く手を上げこちらに近づいてくる。
「ひさしぶり」
「うん」
1ヵ月ぶりに聞く透馬の低く落ち着いた声。
記憶より少し上から聞こえてくる透馬の声に、向けられた笑顔に、顔が熱くなるのを感じて慌てて手に力を込めた。
待ち合わせ場所から会場までは歩いて15分ほど。
両脇に屋台が並ぶ賑やかな通りを歩き適当な店で食べ物を買う。
悠斗の分もまとめて払い、買ったものも全部透馬が持ってくれている。
ずるい、と口には出さないように俯き一歩後ろから透馬を追う。
なるべく人込みを避けるような場所を探し、ようやく手ごろな場所を見つけた。
適当なところに並んで腰掛け、屋台で買った焼きそばやラムネを飲んで花火が上がるのを待つ。
しばらくするとヒュルヒュルと高い音が聞こえ始めた。
細い光の線が空の高いところへゆっくり昇っていく。
夜空が闇に戻ったすぐ後に、ドンっという音と光と衝撃。
次々に開く一瞬の花が、音とともに夜空に彩りを与えていく。
こんなに近くで花火を見るのはいつぶりだろう。
身体に響く音を感じながら隣に座る透馬を盗み見る。
いつの間にか凛々しく大人の顔つきに変わっていたその横顔に、胸が締め付けられる。
続々と打ち上る音と空に咲き乱れる大輪の花。
ひときわ高く上っていく細い光の線を見上げる。
そっと手を伸ばすと、指先にかすかに透馬の体温を感じた。
一瞬の静寂の後、大きく弾けるその瞬間に
「好き」
上がる花火と歓声に紛れ込ますように吐いた言葉は、夏の夜空にふわりと溶けた。
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