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Lesson 14 試してみたら?
「いいじゃない、燃えるから」
約束通りの14時に我が家にやってきた千波は私の話を聞き終えるなり、そう言って笑った。
テスト勉強を一緒にやるつもりで置いた小さな簡易テーブルの上は勉強の道具など一切ないどころかお菓子の山が占領していた。
千波はマグカップに注いだ紅茶に口をつけながら、にやにやしている。
葵を迎えに来たキレイな女の人のことや松永が私に言ったことなどをかいつまんで話をしたけど、どうしもチョコの話はできなかった。
それでも何かを感じ取ったらしい千波は『いいじゃないか』と言うわけだ。
なにがよくて、なにに燃えるのか?
千波の言いたいことはほとんど理解できない。
「ライバル登場なんてよくあることよ」
さらりと口にする千波に、私は苦い視線を送る。
たしかによく読む恋愛漫画とかだと必ずタイミング良くライバルは登場する。
でも私の話は漫画でもなければ恋愛小説でもない。
現実のこと。
そんな都合よくライバルなど現れてほしくないし、ライバルとは誰に対するものかという疑問がわく。
千波は小さく息を吐いた後。
「三角。もしくは四角か」
と呟いた。
「言っている意味、ぜんっぜん見えないんだけど」
千波は机の上のお菓子に手を伸ばしながら含み笑いを浮かべた。
この笑顔を見るたびに、彼女は葵側の人間だと思わずにはいられなくなる。
「んー。陽菜子、松永、カテキョ、謎の女。やっぱ四角かしらねえ」
「って、謎の女の位置づけってどんなんよ?」
「んー。カテキョ、二股?」
『二股』という言葉にピクリと眉が上がった。
葵からはっきり聞いたわけではないから真偽のほどは定かではないけれど、それでも千波の言うような関係に見えなくもなかったから。
だからやっぱり自分への葵の態度は本気とかではなく、からかいとか遊びに近いのかと思えてイラッとする。
「ふふ、陽菜子。そんな鬼みたいな顔しなくてもいいのに。可愛いわね」
そう言って勢いよくポッキーを食べる千波の口から、ポキッと折れる音がする。
「だって……なんか……むかつくんだもん」
もやもやしてスッキリしない胸の内。
体を重ねたのは一度きり。
キスは何度したのかな?
だけどはっきり聞いてない葵の答え。
『好き』
そう言われたらスッキリするのだろうか?
その後はどうなるんだろうか?
葵に好きだと言われたら、私はなんと答えるのだろう?
好き?
嫌いではない。
だから……好き?
なんか違う。
やっぱり違う。
葵のことは好きという単純な言葉に納まらない何かがあるような気がする。
でも、それがなんなのかがわからない。
単純に、真っすぐに、真っ白に『好き』という気持ちだったのなら、迷いも悩みもしていない気がする。
なんでこんな気持ちになるのだろう?
なんでこんなに回りくどいんだろう?
単純に答えを出したい。
もっとすっきり答えを知りたい。
誰か教えてくれたらいいのに――
「松永とつき合っちゃえば?」
「は?」
「だから、松永とつき合っちゃえばいいじゃない。そうすれば、いろんなものが見えてくるかも?」
なんで最後が疑問形なんだとツッコミを入れそうになるけれど、そこはグッと我慢する。
どこがどう繋がったら『松永=付き合う』という図式が生まれるのだろう?
こっちはつき合う以前の問題で手いっぱいだ。
「デート……で頭いっぱいです」
そう答えると千波はカラカラと声を上げて笑った。
「デートするの?」
「……今回のテスト。ハンパなく自信ない」
「勉強まったくできなかったのね」
『ご愁傷様ねえ』なんて言いながら、目はものすっごく笑っている千波の意地悪さにため息が出る。
でもこの意地悪な会話も決して嫌いというわけではない。
千波のこういうところは好き。
でも……問題がさらに深くなるような気がしないでもない。
「こんなこと勢いでしちゃうから。松永もがんばっちゃうわよ」
机の上のスマホを持ち上げてぶらぶらさせる。
「松永と撮った写真でカテキョに揺さぶりかけてみる?」
「はぃ?」
「見たらどうなるかしらねえ」
ニンマリと小悪魔はまたしてもほほ笑む。
考えてもみなかった。
いや、むしろ隠さないといけないと思っていた。
松永との自撮り写真を葵に見せる?
葵がこれを見てどう思う?
どう言う?
どう……するんだろう?
「駆け引きよ」
「へ?」
「恋は『駆け引き』が重要なのよ。押してダメなら引く。ま、陽菜子は押しても引いてもないから、とりあえず手始めにしてみたら?」
「って……それじゃ私が『葵』に『恋』してるみたいに聞こえるけど」
「違うの?」
本当に意地悪。
でも、その問いにきっぱりと、すぐに返答できないのがものすごくもどかしい!
「がんばんなさいよ」
「んん……なにを?」
「いろいろと」
またしても含んだ笑いをする千波が軽やかな音を立てながらポッキーを食べた。
それにつられるように私もポッキーを手に取り食べる。
口の中に広がるチョコの甘みに、また葵の顔を思い出す。
貰ったチョコとは違う味。
だけど、甘くてちょっと苦い味に、なんとなくだけど気持ちが同調する。
ドキン、ドキンと聞こえる胸は恋の音なんだろうか?
机の上のスマホに目が行く。
やってみてもいいかもしれない。
だって、いつも揺さぶられるだけなのは一方的に負けているみたいで悔しいから。
一回くらいは勝ってみたいから。
でも、松永を利用しているみたいで気が引ける。
――それでも。
チクリとする胸の痛みに蓋をしながら、私はポッキーに手を伸ばす。
軽やかな音を立ててキレイに折れるポッキーのように、葵の意地悪なほほ笑みも折れればいいのに――そんなことを考えながら。
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