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過ちと5分前のやり直し
あなたは時間を巻き戻すことが出来ればいいのにと考えたことはありませんか。あの時こうしていればよかった、あれをしなければ良かった。誰にでも思い当たる節はあると思います。
そんなあなたに朗報です。あなたに時間を戻す能力を授けましょう。ただし時間を戻せるのは5分前までが限度です。
今、5分なんて短いと思いましたか。とんでもない。5分時間を戻せるだけで人生には無限大とも言える可能性が広がるのです。
だけど注意をしてください。時間を戻したいと思うことは幾度もあったでしょうが、実際に戻せるとどうなるのか。必ずしも事態が好転するとは限らないということを。
くれぐれもご注意ください……
奇妙な夢を見ていた気がする。よく分からない男に声をかけられ、時間を戻す能力を授けるとかどうとか。それに夢にしては、やけに鮮明に言葉が残っている。
そんなことを考えていたが、時計をみると遅刻ギリギリの時間だ。慌てて準備を済ませて家を飛び出す。あと5分と少しは思ったが、何とか間に合う時間だったのでそこまでの後悔はなかった。
それから午前中は慌ただしく過ぎていき、昼食を食べ次のアポイントへ。
新規のクライアントとの商談だったが特に大きな問題もなく終了した。外は晴れ渡っているが、体にまとわりつくような暑さはなかった。これだけ気持ちいとそのまま帰社するのはもったいない。
そのまま会社には戻らずふらりと知らない道へと歩いていく。多少の寄り道くらいしたって怒られないだろう。
しばらく歩いていると目の前のT字路に突き当たる。その道を何の考えもなしに左に曲がる。それからしばらく道なりに進んでいく。
すると突然目の前の道が途切れる。本当に道がなくなったのではなく、工事をしていたので通れなくなっただけである。工事の案内看板を見た途端一気に気分が萎えていく。
こんなことならさっきの分かれ道を右に曲がればよかった。
ふと、今朝見た夢のことを思い出す。5分前に戻る力を授けよう。まさに今こそ打ってつけの状況である。だがどうやって能力を使えばいいか分からない。
分からないなりに考えてみて、時間を戻したいと願いながら強く目をつむった。
それから目を開いてみると、目の前にあるのは案内看板ではなくT字路だった。信じられないことに本当に時間が巻き戻っている。
冗談だと思っていたのに、本当だと分かったとたん恐怖心に駆られた。自分はとんでもない能力を手に入れてしまったのかもしれない。しかし恐怖心と同時に高揚感も目覚めつつあった。これがあれば自分の人生を思い通りにできるかもしれない。
まずは先ほど後悔した選択肢を変更する。左には進まず右へと進んだ。
それからしばらくは道なりに進み続ける。もちろん工事の看板に出会うことはない。これはとんでもない能力かもしれない。
しばらくは道なりに進みながらこの能力の使い方を考えた。実際にはどうすれば能力を有効に使えるか。さすがに5分程度だと有効的な使い方はすぐには思いつかない。
これが年単位で戻れるなら宝くじを当てたりできるのになと考えていると、突然後ろから声をかけられる。
「ちょっと道を尋ねたいのですが……」
品の良さそうな老婆が店の案内を見せながらゆっくりと道を尋ねてくる。もちろんここには来るのは初めてなので道なんて分からない。ただここであしらうのも悪い気がするので、携帯で店を調べながら場所を特定しようとする。
その時、店の特定に集中しすぎたのが間違いだった。先ほどの道から猛スピードで走ってくるバイクの存在を完全にスルーしていた。
猛スピードで接近してくるバイクは、肩に軽くかけていたカバンを瞬く間にさらっていった。そして気が付いた頃にはナンバープレートも見えないくらい遠くに離れていた。
老婆は慌てながらこちらに謝り続ける。私のせいだ。私のせいだと。
確かにこうして話を聞いていなければ被害には合っていなかっただろう。こんなことなら足を止めるのではなかった。そうして再び強く願いながら目を閉じた。
再び過去に戻った。本当に願えば何度でも過去に戻れるようだ。この力は素晴らしい。失敗をしてもすぐに過去に戻せば失敗をすることはなくなる。これがこの力の正しい使い方かもしれない。
再び後ろの老婆から声をかけられる。それを急いでいるのでと早々に立ち去る。老婆の悲しそうな姿を視界の隅にとらえたが見なかったことにする。それからカバンを強く握り、車道とは逆側にかけなおす。しばらくすると後ろからバイクが走ってくるが、そのまま何事もなく走り去っていく。
こうして再び過ちはなかったことになった。気が付けば結構歩いている気がする。いくら心地良い天気とは言え一定の時間を歩いていると汗ばんでくる。それに飲み物も飲んでいないので喉も渇く。
そしてちょうどいいタイミングで目の前にコンビニが見えてくる。ためらわずに入店し飲み物を手にする。レジに並んでいるがどうも会計が進まない。何をしているのだろうと目を凝らしてみると明らかなクレームのようになっている。
客の老人がよくわからないことを言いながら店員を叱りつけている。店員は若い女の人でひたすら申し訳ありませんと繰り返しているだけだ。何をやっているんだとみていると、店員の女性と目があってしまう。女性は明らかに助けてほしそうな顔をしてこちらを見ている。
もちろんそんな顔をされたって助けることはできない。ただ不幸なことにその女性の目配せに老人も気が付いてしまった。老人がくるりとこちらを振り返る。
「なんだ、お前も俺が悪いと思っているのか。お前らは年長者に対する敬意というものがなっていない! お前もこっちに来て謝れ!」
完全に言いがかり的な形で巻き込まれてしまう。女性はもはや泣きそうな顔をしている。
こんなことならコンビニに入るんじゃなかった。もはや解決策を考える前に目を閉じる。こうしてコンビニにいたことはなかったことにした。
再びコンビニの前についたがもちろん素通りする。中を覗いているみると、老人が何かを強く言いつけているのが見える。女性のことは気の毒だと思ったが助けようとは思わなかった。
この力を使えるのは自分だけなのだし、今更お店に入ったところでできることなど何もない。それよりももっと生産的なことに頭を使おう。
時計を見てみると先ほどのアポイントからすでに一時間近く経過していた。さすがにそろそろ会社に戻らないとまずい。
目の前には再びT字路が見える。今回はどちらに曲がればいいのだろうか。とりあえず適当に左にでも曲がろうか。どうせ間違えても時間を戻せばいいのだし、適当に選んで大丈夫だろう。
そんなことを考えながら左へと曲がる。
曲がった途端、至近距離にトラックが迫ってきていた。もちろんいきなり現れたわけではないのだが、考え事に夢中で音などに一切気が付かなかっただけだ。
こんな時こそ時間を巻き戻さないといけないのに、思考が切り替えられない。
時間がやけにゆっくりと流れていく。
ドライバーと目が合う。男性のドライバーで慌てることなく無表情でこちらを見ている。その顔がやけに印象に残る。
そういえばこの男性の顔はどこかで見たことがあるような気がする。妙な既視感を覚えるがどこで見たかが思い出せない。
もうトラックとの距離はほぼなくなっている。その時男性の口が何か動いているのをとらえた。
なんと言っているのか気になったが、結局その答えを知る前に自分の体に大きな衝撃が訪れた。
……不幸な事故でしたね。
けど言い方を変えれば時間を巻き戻した結果が今回の事態を引き起こした要因になりますよね。そもそも最初に道を間違えた段階では、こんな事件には巻き込まれないのですから。
それでは最後に運転席でなんと言ったか答え合わせをしましょう。
「ほら言ったでしょう」
皆さんはそれでも時間を巻き戻したいと思いますか。
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